介州 From Wikipedia, the free encyclopedia 介州(かいしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から唐初にかけて、現在の山西省中部に設置された。 魏晋南北朝時代 488年(太和12年)、北魏により設置された汾州を前身とする[1]。北斉により汾州は南朔州と改称された。北周により南朔州は介州と改称された。 隋代 隋初には、介州は2郡3県を管轄した。583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、介州の属郡は廃止された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、介州は西河郡と改称され、下部に6県を管轄した[2]。617年(義寧元年)、西河郡のうち介休・平遥の2県を分離して介休郡が置かれた。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州介州并州郡西河郡 郡西河郡介休郡太原郡県隰城県 介休県 永安県平遥県 霊石県 綿上県 県隰城県平昌県 永安県平遥県 閉じる 唐代 618年(武徳元年)、唐により介休郡は介州と改められ、西河郡は浩州と改められた。620年(武徳3年)、浩州は汾州と改称された。627年(貞観元年)、介州が廃止され、介休・平遥の2県は汾州に併合された[3]。 脚注 [1]『魏書』地形志二上 [2]『隋書』地理志中 [3]『旧唐書』地理志二 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles