仙覚
1203-1269, 鎌倉時代初期の天台宗の学問僧、権律師。『万葉集註釈』著。勅撰集『続古今和歌集』以下に4首入集
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略歴
東国生れ(常陸国とする説がある)、豪族比企氏の出身であるとされる。13歳にして『万葉集』研究に志し、寛元4年(1246年)、鎌倉幕府将軍藤原頼経の命により『万葉集』諸本の校合に着手する。同年のうちに初度の校本を作成・浄書し、さらに古くより点(漢字本文に附された訓)の加えられてこなかった152首について新たに点を加えた。建長5年(1253年)にはこれを後嵯峨上皇に奏覧し、上皇より「和歌の浦藻にうずもれて知らざりし玉も残らずみがかれにけり」なる歌を送られている。
弘長元年(1261年)以降、松殿御本、尚書禅門真観本、基長中納言本、六條家本、忠定御本、左京兆本などを入手し、万葉集の校合・校本作成にさらに勤しむ。また、この前後より『万葉集』についての体系的な注釈作業を開始し、文永3年(1266年)から文永6年(1269年)にかけて『萬葉集註釈』(萬葉集抄、仙覚抄)を完成させた。文永4年(1267年)、同書二巻に加えた奥書に「文永六年姑洗二日於武蔵国比企郡北方麻師宇郷書写畢」(文永六年姑洗二日、武蔵国比企郡北方麻師宇郷に於いて書写し畢んぬ)とあるところから、晩年は同地に住まったものと思われる。
文永9年(1272年)、70歳の年の奥書が一書に残るより後、仙覚の記事は不明である。