口承
知識や芸術、アイデア等の文化的な情報が口頭で世代を超えて保存・伝達されていく人間のコミュニケーションの形態
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概要
口承または口伝えの文化は、文字体系のない文明において、人から人もしくは世代を超えての情報伝達の手段であったが、その一方では芸能としての側面も存在し、文字体系が確立されてからも、口承は世界各地で今日も行われている。こういった活動はヒトが人間(社会を形成するヒト)として言葉を獲得して以降に自然発生的に見出されるもので、それに関する文化・記録は洋の東西・古今を問わず見出され、普遍的である。
情報を伝える行為のひとつであり、文字文化以前に情報を保持する役割を果たしてきたものでは、舞や踊りのほか儀式など身体を使う様式化した所作、壁画といった図画を用いるもの、意味のある文様を織り込んだ布や結縄などがある。
書き留められる前に口承文学とオーラル・ヒストリー(口述された歴史)とが組み合わされた代表的な例として、前8世紀の古代ギリシアの詩人ホメロスの叙事詩『イリアス』(イーリアス)・『オデュッセイア』(オデュッセイアー)がある。
伝承されるもの
研究史
研究分野としての口承は、オスマン帝国治下のセルビアの学者で、グリム兄弟の同時代人ヴーク・カラジッチ(1787-1864)の学績にその起源がもとめられる。カラジッチはグリム兄弟同様「伝承を救う」として、ロマンティックな、また民族主義的な関心のもと、のちにユーゴスラビアに集められた南スラヴ諸地域の同族の伝承の研究を進めた。しばらくして、ただし同じ学術的な動機から、テュルク学者のワシリー・ラドロフ(Vasily Radlov、1837-1918)は、のちにソヴィエト連邦領となるカラキルギスの歌を研究した。
20世紀の口承研究では、採録された物語を固定した本文として比較するだけでなく、語りが実際に行われる場へ分析の重心を移す見方が現れた[1]。黒崎は、グリム兄弟以来の研究には、フィンランド学派の歴史地理学的方法やクロード・レヴィ=ストロース、ウラジーミル・プロップらの分析のように、口承を主としてテクストとして扱う傾向があったと整理している[1]。しかし1970年代以降の文化人類学や民俗学では、儀礼・音楽・口承を文化テクストではなく実践過程やパフォーマンスとして捉える方向が強まり、語り手が公の場で語りを引き受けること自体が分析対象となった[1]。
この立場では、口承は内容が保存された伝達物であるだけでなく、語り手と聞き手の相互行為のなかでその都度実現されるものとみなされる[2]。浦野は、物語を語ることは具体的なおこないであり、口承の伝統は実際の相互行為のなかで成し遂げられ、相互行為の経過にも働きかけると論じている[2]。そのため現代の口承研究では、採録本文の比較だけでなく、語りの場、語り手の役割、聴衆との関係、反復のなかで生じる変異をあわせて記述することが重視される[1][2]。
また、パフォーマンスとして把握する視点では、同じ伝承でも共同体や場面によって文化的に固有のやり方で実現されるため、単一の固定本文だけでは捉えにくい[1]。研究者が一回の語りだけを観察しても捉えられるのは多くて一部の側面にとどまり、語りの全体は社会的条件と複数の要素の相互作用のうえに成り立つ[1]。そのため採録資料の整理だけではなく、共同体ごとの語りの実践を観察し記述することが口承研究の重要な方法となる[1][2]。
