修理職 From Wikipedia, the free encyclopedia 修理職(しゅりしき、すりしき)は、平安時代に設置された令外官。和名は「をさめ(おさめ)つくるつかさ」。 職掌・沿革 主に内裏の修理造営を掌る。 弘仁9年(818年)嵯峨天皇の代に令制で造営・建築を担当する木工寮の事務が繁雑であったため、いったん併合した造宮職の業務を独立させ、令外官として新設された。天長3年(826年)に木工寮と合併して廃止。寛平2年(890年)に復活設置。 職員 大夫(従四位下相当)…1人 亮(従五位下相当)…1人 大進(従六位上相当)…1人 少進(従六位下相当)…2人 大属(正八位下相当)…1人 少属(従八位上相当)…2人 代表的人物 下記にあげられている人物には正規に任命されたものだけでなく、いわゆる受領名として自称していたものが多い。なお修理大夫は九州の大名が好む傾向があった[1]。 修理大夫 橘俊綱 平経盛 蘆名盛氏 尼子晴久 有馬晴純 井伊直政 上杉朝興 大友義鑑 大野治長(豊臣家臣) 黒川稙国 相良義陽 島津勝久 島津貴久 島津義久 島津斉彬 多賀谷重経 多賀谷重政 名和行興 畠山義総 畠山義綱 畠山義慶 蜂須賀正勝(豊臣家臣) 三好長慶 中桐政快(鎌倉時代末期 中桐氏高祖)清和天皇より20代 (岡山県船穂町、中桐神社に中桐修理太夫の五輪の塔) 修理亮 小林義繁 朝倉景冬 朝倉景嘉 柴田勝家(織田信長家臣) 内藤昌豊(甲斐武田家臣、武田四天王の一人) 京極高知 孝橋秀光(播磨赤松一家衆、赤松晴政の従弟) 脚注 [脚注の使い方][1]今谷明『戦国大名と天皇 室町幕府の解体と王権の逆襲』(講談社学術文庫、2001年) ISBN 4-06-159471-0 P96 関連項目 修理亮盛光 武家官位この項目は、日本の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:日本/P:歴史/P:歴史学/PJ日本史)。表示編集 Related Articles