僧樸
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概要
越中国(現・富山県射水市)に生まれる。14歳で父を失い無常を感じ、15歳で霊潭の講義を聴いたことを機縁に、翌年誓光寺で得度、学僧を志す。1736年(享保21年 / 元文元年)に上洛、西本願寺学林で法霖(西本願寺第4代能化)に師事する。
30歳のころ、堺(現・大阪府堺市)の小山屋久兵衛の帰依を受け、摂津国に祐貞寺を開創する。1760年(宝暦10年)の秋、祐貞寺から京都の宏山寺に移る。
西本願寺学林で講義し、僧鎔(空華轍の祖)、慧雲(芸轍の祖)、仰誓、智洞(西本願寺第7代能化)などの弟子を育てた。法霖の死後13年にわたり空位が続いた能化職に、義教が1755年(宝暦5年)に就任したのも、僧樸が彼を講師に推薦したことがきっかけであった[1]。
人物
著作
- 『安楽集講録』
- 『真宗念仏現益弁』
- 『真宗法要』(共編)など