愛新覚羅胤祺 From Wikipedia, the free encyclopedia 愛新覚羅 胤祺(あいしんかくら いんき、満洲語: ᠠᡞᠰᡞᠨ ᡤᡞᠣᠷᠣᡞᠨ ᡣᡞ 転写:aisin-gioro in-ki、1680年1月5日 - 1732年7月10日)は、清の康熙帝の五男。母は宜妃のゴロロ氏。名は雍正帝の即位後に允祺と改めている。 続柄 康熙帝五男出生 1680年1月5日死去 1732年7月10日子女 弘昇概要 愛新覚羅胤祺, 続柄 ...愛新覚羅胤祺続柄 康熙帝五男 出生 1680年1月5日死去 1732年7月10日子女 弘昇父親 康熙帝母親 宜妃ゴロロ氏テンプレートを表示閉じる 生涯 康熙35年(1696年)からジュンガル戦で正黄旗大営を任された。康熙48年(1709年)には和碩恒親王、鑲白旗の旗主に封じられた。温厚な人物と評され、兄弟との諍いも少なく、とりわけ胤禵(康熙帝の十四男)と仲が良かった。 雍正4年(1726年)、胤祺の息子の弘昇は「仕事に最善を尽くしていない」という口実で親王世子位を剥奪された。雍正10年(1732年)5月19日に死去。 乾隆帝が即位すると、弘昇の爵位が回復された。 関連項目 九子奪嫡 参考文献 『清史稿』巻二百二十 列伝七 登場作品 テレビドラマ『宮廷の諍い女』 Related Articles