具注暦
日本の朝廷の陰陽寮が作成し頒布していた暦
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概要
吉凶判断のための様々な暦注が記載されていたことから、注が具(つぶさ)に記入されているということで、このように呼ばれる。巻暦の体裁で、漢字のみで記される。基本的には上段に日付・干支・納音・十二直などの基本的な項目・暦注が記載され、中段には二十四節気・七十二候などが、下段にはその他の暦注が記載され、半年分で1巻とされた[注 1]。
現存する最古の具注暦のうち、紙に書かれたものは正倉院文書の天平18年(746年)暦である。
2003年2月26日の奈良文化財研究所の発表によると、木簡に書かれた日本最古の具注暦は奈良県明日香村の石上遺跡で見つかっている。木簡の表と裏に689年の3月と4月が書き写されていたもので、「今日の卓上カレンダーの原形ともいえる。」と分析されている[1][2]。
奈良時代から具注暦に日記を書く習慣が生まれ、平安時代には余白部分が拡大されるようになる。藤原道長の日記が書き込まれた具注暦は『御堂関白記』と呼ばれ、国宝となっている[注 2]。
鎌倉時代後期を過ぎると仮名暦の登場によって衰退するが、それでも公式の暦として重んじられた。江戸時代には、実用よりも公家や大名の「ステータスシンボル」として作られることが多くなった。