利尻山
北海道にある独立峰
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概要
登山史
1890年に紀伊国の修験者天野磯次郎が鴛泊から北峰に登り不動明王を安置したのが最初とされる[7]。翌1891年には気象学者の水科七三郎と和田雄治が測量のために登攀し、1899年10月10日には陸地測量部の館潔彦が長官山に登り一等三角点を選点した[7]。 鬼脇コースは1917年に鬼脇の住人斉藤熊蔵、集蔵親子が東陵道を開拓し、1921年に完成を見ている[7]。 冬季は1936年12月30日から1937年1月6日にかけて北海道大学の照井孝太郎ら4人が鴛泊ルートより初登頂に成功し、冬季単独初登頂は1951年2月1日に登歩渓流会の川上晃良が初の登攀者となっている[7]。南稜の初登頂は1952年7月16日に同じ登歩渓流会の山口ら3人が初登頂に成功している[7]。
登山
頂上は北峰(1,719メートル)と南峰(1,721メートル)に分かれているが、最高峰の南峰への道は崩壊が進み危険なため、一般登山者は北峰を頂上とみなしている。西壁、東壁、南稜、仙法志稜がロッククライミングの対象となっている。晴れた日には、南北の頂上から利尻島のほとんど全域と、礼文島、稚内市から留萌市付近までの北海道本島の海岸線、道北・道央の山々や、樺太、樺太の南西に位置する海馬島(モネロン島)などが見える。また、理論上、ロシア沿海地方の山脈(シホテアリニ山脈)が見えるとされているが、2013年現在のところ、これを証明する写真等の撮影・公表はなされていない。
登山道
登山道は利尻富士町鴛泊の利尻北麓野営場(三合目)より登る鴛泊コース、利尻町沓形の見返台園地(五合目)より登る沓形コース、利尻富士町鬼脇の林道より登る鬼脇コースがある。
鴛泊コースは最も多くの登山者が利用するコースで、登山道の最初には名水百選に選定されている甘露泉水の湧水もありルートも整備されている。沓形コースは五合目まで車で登れるため距離は短いが、背負子投げの難所や崩落地をトラバースする親不知子不知などがあるため上級者向けといえる。鬼脇コースは崩落が激しいため、七合目以上が立入禁止となっている。
コース中にトイレはないが、鴛泊コース・沓形コースには携帯トイレを使用するための専用ブースが設置されている。携帯トイレ自体は各自で持参し、使用後は持ち帰る必要がある。
登山道の荒廃
利尻山は軟弱な火山噴出物からなる山体であることから、近年の登山客の急増に登山道が耐えきれず、場所によっては歩道が浸食され周囲より3メートルも低下する状況が見られる。利尻山登山道等維持管理連絡協議会は、マナーとして携帯トイレを使う、 ストックにキャップをつける、 植物の上に座らない、踏み込まない。の3点を利尻ルールとして登山客に呼びかけている[8]。
冬季登山
2020年代には、バックカントリー愛好者による冬季登山も見られるようになったが[9]、一方で、2024年3月3日にはスノーボーダーが雪崩に巻き込まれる死亡災害も発生した[10]。
甘露泉水
長官山
参考文献
- 安田治『北海道の登山史』(北海道新聞社、2010)
利尻山の姿
- 利尻島および利尻岳
- ノシャップ岬から見る初夏の利尻富士
- 北麓野営場近くの甘露泉水
- 夜明けの鴛泊コース
- 八合目・長官山から見た利尻山
- 九合目の急登
- 利尻山山頂のヤセ尾根
- 山頂の利尻山神社奥宮
- 北峰からの南峰とローソク岩
- 鴛泊港からの利尻山
- 姫沼からの利尻山
- 富士野園地からの利尻山

