副神経
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副神経(ふくしんけい、英語: accessory nerve, eleventh cranial nerve、略称:CN XI)は、胸鎖乳突筋と僧帽筋の運動を支配する脳神経である。12種の脳神経の一つとして分類されている。副神経が支配する胸鎖乳突筋は頭部の側屈や回旋のための筋肉であり、一方で僧帽筋は肩甲骨に付着して肩をすくめるような動作などの際に使われる。
副神経は延髄根(えんずいこん、cranial root, vagal part)と脊髄根(せきずいこん、spinal root, spinal part)に分けられる[1]。延髄根は脳神経として出てからすぐに迷走神経の線維とともに走行するため、副神経の一部としてみなすべきかどうかについては議論がある[2][1]。その結果、副神経という場合、ふつうは胸鎖乳突筋と僧帽筋の運動を支配する脊髄根のことを指す[3]。
副神経の機能を検査するためには胸鎖乳突筋や僧帽筋の筋力を神経学的検査により確認する。筋力の低下や可動域の制限が見られた場合は神経障害が示唆され、その原因は様々である。副神経の障害の原因として最も多いのは頭頸部への医療処置である[4]。副神経障害により肩の筋肉の萎縮や翼状肩甲、肩の位置の下降などが起こりうる[5]。
構造
副神経脊髄根は脊髄の延髄との境界の部分(C1)からC6までの神経細胞から生じる[1][7]。C1-C6の神経細胞から出た神経線維はまず根糸(rootlets)を形成してから根(roots)となり、最終的に集まって副神経脊髄根となる。集まった神経根は大後頭孔という大きい入口を通って頭蓋骨内に入る[1]。神経根は頭蓋骨の内壁に沿いながら頸静脈孔に到達し[1]、脳幹から出てきた舌咽神経や迷走神経とともに頸静脈孔から頭蓋外へ出る[8]。このように頭蓋骨に入ってから出るという経路をとる脳神経は副神経脊髄根のみである。これは脳神経の中で脳や脳幹ではなく脊髄に神経細胞を有するのが副神経脊髄根のみであるためである[9]。
副神経延髄根はまず延髄の背外側にあるオリーブ後溝という部分から根糸が生じる。このオリーブ後溝は迷走神経が発生する部分のやや尾側である。その後、頸静脈孔の付近で副神経脊髄根と合流する[注 1][7]。
頭蓋骨を出ると延髄根は脊髄根から離れる。延髄根は環椎横突起の上縁ほどで迷走神経と伴行する[7]。脊髄根は頭部の後下方へ走行し、頸部の顎二腹筋後腹の高さで内頸静脈と交叉する。そこから下行していき、エルプの神経点の1cm上ほどで胸鎖乳突筋を貫通しながら運動神経を送る。更に下行して僧帽筋にも枝を送り、僧帽筋中部・下部のあたりから僧帽筋深層へ入り込む[10]。
神経核
副神経脊髄根からの神経線維は脊髄の上部にある下位運動ニューロンが元である。脊髄根のもととなる副神経核は脊髄前角の外側方にあり、脊髄の延髄との境界からC6の高さまで伸びている[1]。高位の頸髄側角は延髄の疑核と続いており、この部分が副神経延髄根のもととなる[9]。
破格
副神経は頸部において、顎二腹筋後腹の高さのあたりで内頸静脈と交叉する。うち、80%のヒトでは静脈の前側で交叉し、20%のヒトでは後ろ側で交叉する[9]。なお、1例、静脈の部分で2つに分枝していた例が見つかっている[11]。
かねてより副神経は延髄から延髄根が下行し、すぐに脊髄根と伴行したのち、迷走神経へ分枝するものだと記載されてきた[1]。2007年の研究によると、ほとんどのヒトにおいて延髄根が明らかに脊髄根とつながっている例は少なく、研究では1例を除いて線維膜によって神経根が隔てられていたという[7]。
発生
発生学的に副神経脊髄根は脊髄のC1-C6の基板に由来する[12]。
機能

副神経脊髄根は胸鎖乳突筋と僧帽筋の運動を支配する[8]。僧帽筋は肩をすくめるような動作のときに働き、胸鎖乳突筋は頭部を回旋するときに働く[8]。多くの筋と同様に、僧帽筋の制御は反対側の大脳に支配される[8]。僧帽筋上部が収縮すると肩甲骨を持ち上げるような動きになる[13]。僧帽筋とは異なり、胸鎖乳突筋を支配する神経は2回の交叉を経ると考えられている。それゆえ、胸鎖乳突筋は同じ側の大脳に支配される。胸鎖乳突筋が収縮すると収縮したのとは反対側に頭部が回旋するため、大脳に入力される視覚の方向と同じ向きになる[8]。副神経延髄根は咽頭や喉頭に枝を出して筋の運動を支配する[7]。
分類
副神経の担う情報伝達の分類については議論がある。僧帽筋や胸鎖乳突筋は咽頭弓から発生する筋であるので、副神経の運動線維の成分は特殊臓性運動性(鰓弓運動性)であるとも考えられる[14]。これは副神経延髄根が延髄の疑核から出ることからも説明がつく。一方で、副神経は単に一般体性運動性であるとも考えられる[15]。特殊臓性運動性も一般体性運動性もどちらも持っていると考えることもある[16]。
臨床との関連
試験
副神経の検査は僧帽筋や胸鎖乳突筋の機能を評価するために行われる[8]。僧帽筋の検査は患者に肩をすくめる動作をしてもらい、検査者はそれに対して抵抗をかけたりかけなかったりすることで抗えるほどの力があるかを評価する。胸鎖乳突筋の検査は患者に左または右に頭部を回旋させ、検査者の抵抗に抗えるかも見ることで評価する[8]。
片側の僧帽筋の筋力低下は同側の副神経の障害を示唆する[8]。一方で頭部を回旋する力の低下は回旋により向きにくくなった方とは逆側の副神経の障害を示唆する。例えば、左側へ回旋しにくくなっている場合、右側の胸鎖乳突筋の筋力が低下している、つまりは右副神経が障害されていることが示され、反対に右側へ回旋しにくくなっている場合は左副神経が障害されていることが示される[8]。
したがって、片側の肩をすくめる力の低下と対側への頭部の回旋能力の低下が両方ともある場合、肩をすくめる力が低下した側の副神経か対側の大脳及び大脳までの経路の障害であると考えられる。副神経障害の原因には外傷、手術、腫瘍、頸静脈孔での圧迫などがある[8]。両側の筋力が低下している場合、ALS、ギラン・バレー症候群、ポリオなども鑑別に挙げるべきである[8]。
障害
副神経脊髄根への障害は頸部のリンパ節を取り除く頸部郭清術のような頸部の手術で主に引き起こされる。鈍的外傷や貫通性の外傷などでも起こり、ときには特発性に起こることがある[17][5]。副神経の走行のうち、どの部分の障害であっても機能には影響を与えうる[10]。がんが存在する範囲をくまなく切除する根治的頸部郭清術においては副神経が意図的に除去される場合もある。副神経を残すためにより低侵襲な郭清術が行われることもある[5]。
副神経障害は頸部痛の原因にもなる。症状は神経障害が起こった場所によって変わる[5]。副神経障害により上肢帯の機能低下、萎縮、異常な運動、肩甲骨の突出、外転能力の低下なども引き起こされうる[5]。上肢帯の機能低下は牽引性の腕神経叢損傷も引き起こしうる[10]。診断が難しいため、副神経障害が疑われる場合、筋電図や神経伝導速度検査が必要になることもある[5]。理学療法や疼痛緩和のような保存的治療よりも外科的な処置を行った方が予後は良いとされている[17]。外科的な処置として神経剥離術、端端縫合、他の筋の障害された僧帽筋への移植などがある[17]。
歴史
イギリスの解剖学者、トーマス・ウィリスは1664年に初めて副神経についての記述をし、迷走神経の補助的なものという意味合いで"accessory"の語を選んだ[19]。
1848年、Jones Quainは副神経について"spinal nerve accessary to the vagus"(迷走神経に付属するような脊髄神経)であると記述し、副神経の線維の多くは脊髄から来るがそのわずかな一部が迷走神経に入っていくことも認識していた[3][20]。1893年にはこれまでに迷走神経の"accessory"として呼ばれてきた神経線維が延髄の迷走神経と同じ核(疑核)から来ていることも認識されるようになり、迷走神経に付属しているかのように見える神経線維は迷走神経そのものであるという解釈が広がった[3]。結果、「副神経(accessory nerve)」の名称は臨床的にも脊髄根の成分のみ検査が行われるように、脊髄根のみを指すことが多くなっている[3]。