勝部神社
滋賀県守山市勝部にある神社
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祭神
歴史
社伝によると、大化5年(649年)8月13日に領主であった物部宿禰広国(もののべのすくねひろくに)が物部郷勝部村の現在地に物部郷の総社として祖神を祀り、物部大明神と称したのが当社の起源とされている[1]。
仁寿元年(851年)正月には正六位上を、元慶元年(877年)には従五位下の神位を授かり、この頃には布津社と呼ばれていた[1]。
室町時代には一般の人々からの崇敬も一層高まり、特に祭神が武神であったことから近江守護六角氏より篤い信仰を受けている。六角軍が出陣する際にはその旗竿は決まって当社の竹林の竹を使用するほどであった[1][2]。三間社流造檜皮葺の本殿は明応6年(1497年)に六角高頼の寄進により再建されたものである[1]。
元亀年間(1570年 - 1573年)には織田信長が野洲郡・栗太郡の起請文60通を当社に納めている[1]。文禄3年(1594年)8月には豊臣秀次によって神田の寄進と本殿の修理が行われた[1]。
江戸時代には当地一帯に守山宿が設けられ、宿場町とともに隆盛した。
1913年(大正2年)に国の特別保護建造物(現行法の重要文化財に相当)に指定されている。
江戸時代まで当社は物部神社または物部大明神と呼ばれてきたが、明治時代の初めに勝部神社に改めている。1931年(昭和6年)に郷社に列せられている[3]。
境内に鎮守の森を有している。
境内
文化財
祭事
- 1月第2土曜日 - 松明祭。
- 6月30日 - 夏越の祓(なごしのはらえ)。もしくは水無月の祓(みなづきのはらえ)とも呼ばれる。
所在地
- 滋賀県守山市勝部1丁目8-8
