汾州 (隋) From Wikipedia, the free encyclopedia 汾州(ふんしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から唐初にかけて、現在の山西省臨汾市西部に断続的に設置された。 魏晋南北朝時代 東魏により設置された南汾州を前身とする。南汾州は北吐京郡・西五城郡・南吐京郡・西定陽郡・定陽郡・北郷郡・五城郡・中陽郡・竜門郡の9郡18県を管轄した[1]。 北斉により南汾州は汾州と改称された。 北周により汾州は西汾州と改称された。 隋代 隋初には、西汾州は3郡5県を管轄した。598年(開皇18年)、西汾州は耿州と改称された。後に耿州は汾州と改称された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、汾州は文城郡と改称され、下部に4県を管轄した[2]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州南汾州汾州郡文城郡 郡定陽郡伍城郡中陽郡竜泉郡県吉昌県 文城県伍城県 昌寧県 県定陽県文城県伍城県平昌県昌寧県大寧県 閉じる 唐代 618年(武徳元年)、唐により文城郡は汾州と改められた。622年(武徳5年)、汾州は南汾州と改称された。634年(貞観8年)、南汾州は慈州と改称された。742年(天宝元年)、慈州は文城郡と改称された。758年(乾元元年)、文城郡は慈州の称にもどされた[3]。 関連項目 汾州 - 北魏から隋初に設置された州。 脚注 [1]『魏書』地形志二上 [2]『隋書』地理志中 [3]『旧唐書』地理志二 この項目は、中国の歴史に関連した書きかけの項目です。この項目を加筆・訂正などしてくださる協力者を求めています(P:中国/P:歴史/P:歴史学/PJ中国史)。表示編集 Related Articles