古屯駅 日本の領有下の樺太敷香郡敷香町にあった鉄道省の駅 From Wikipedia, the free encyclopedia かつて古屯駅(ことんえき)と呼ばれていたポベージノ駅(ロシア語: Станция Победино)は、日本統治時代には樺太敷香郡敷香町に存在し、現在のロシア支配下ではサハリン州ポベージノ(ロシア語版)にあるロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部の駅である。 所在地 極東連邦管区サハリン州ポベージノ(ロシア語版)北緯49度50分07秒 東経142度49分00秒駅番号 99690所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅名変遷 1944年-1946年 : 古屯駅概要 ポベージノ 古屯駅, 所在地 ...ポベージノ古屯駅 駅舎 Победино 所在地 極東連邦管区サハリン州ポベージノ(ロシア語版)北緯49度50分07秒 東経142度49分00秒駅番号 99690所属事業者 ロシア鉄道極東鉄道支社サハリン地域部駅名変遷 1944年-1946年 : 古屯駅駅構造 地上駅ホーム 1面1線開業年月日 1943年乗入路線 2 路線所属路線 コルサコフ-ノグリキ線キロ程 412.9 km(コルサコフ港起点) ◄スミルヌィフ (11 km) (11 km) ユジノハンダサ►所属路線 ポベージノ-ペルヴォマイスコエ線(廃止)キロ程 0 km(ポベージノ起点) レスナヤ►テンプレートを表示閉じる 北緯50度線(当時の日ソ国境線)の南17kmに位置し、かつて日本最北端の駅であった。 歴史 1943年:樺太セメント工業石灰山軌道が開業。西山駅とともに開業。 1944年8月15日:国有鉄道の気屯駅 - 当駅間(10.6km)延伸開業。 1945年:8月11日からソ連軍が侵攻し、15日にかけて駅周辺で日ソ両軍で激戦が繰り広げられる。その後ソ連軍は南樺太へ侵攻、占領し、駅も含め全線が接収される。 1946年2月1日:日本の国有鉄道の駅としては、書類上廃止。 1946年4月1日:ソ連国鉄に編入。ロシア語名「ポベージノ」。 2016年:ポベージノ - ペルヴォマイスコエ線が廃止。 日本統治時代駅名の由来 当駅の所在する地名からであり、地名はニブフ語の「コトン」(「街」の意味)による[1]。 駅構造 駅舎の中 ホーム 単式ホーム1面1線の他操車場のある地上駅。駅舎もある。 運行状況 ユジノサハリンスク発ティモフスク行きの旅客 列車601/602番が停車する。夏季にはポロナイスク発ポベージノ行きの通勤列車が停車する。また、貨物取扱もある。 日本統治時代は旅客列車の運行は行なわれていたが、軍用鉄道であり時刻表に掲載されなかった。 駅周辺 南サハリン解放記念碑 メモリアル・パミャチ・パフシム・ヴォイナム・フ・ルスコ=ヤポンスコイ・ヴォイネ 幌見峠(ロシア語名不明) 隣の駅 コルサコフーノグリキ線 スミルヌィフ駅 - ポベージノ駅 - ユジノハンダサ駅 ポベージノーペルヴォマイスコエ線(廃止) ポベージノ駅 - レスナヤ駅 脚注 [脚注の使い方][1]南樺太:概要・地名解・史実(西村いわお・著、高速印刷センター内出版部 1994年)p.438 関連項目 ウィキメディア・コモンズには、ポベージノ駅に関連するカテゴリがあります。 過去の鉄道に関する日本一の一覧 サハリンの鉄道Template:ポベージノ-ペルヴォマイスコエ線 Related Articles