古螺

甌雒(おうらく)の紀元前258年から208年の間の都 From Wikipedia, the free encyclopedia

古螺(コーロア、ベトナム語Cổ Loa / 古螺)は、甌雒紀元前258年から208年の間の都[1]

考古

古螺古城

現在の地名でいえばハノイ北部のドンアイン県コーロア社であり、ハノイ中心部からは紅河を挟んだ対岸にあたる。

紀元前258年に安陽王は、首都封渓に古螺古城また《K'la》[2]また白雞邑ベトナム語Kẻ-La ấp / 几羅邑)また雞村ベトナム語: Xóm Gà)として知られる城塞を建築した[3]

3重の土塁水堀から成り、外郭の周長は8km、中郭の周長は6.6kmある。内郭は、全周1.6km、高さ5〜10mに及ぶ。ホアン川とカー沼を組み込んで築かれた。

形が巻貝に似ていたことから螺(タニシ)城と呼ばれ、そのまま地域の語源となった [4]

伝説によると、城塞は金の亀の助言に従って構築された[5]

書本

  • 元和郡縣志》:「昔秦人築城於武周塞以備胡,城將成而崩者數矣,有馬馳走周旋反复,父老異之,因依而築,城乃不崩,遂名馬邑」。
  • 嶺南摭怪 · 金龜傳》:講述趙佗攻打安陽王時,安陽王女兒媚珠被趙仲始欺騙,將「神機弩」交給趙佗而導致亡國的傳說。
  • 越甸幽靈集 · 廣利大王》:為有關國都昇龍的「龍度福神」被高駢鎮壓不遂的傳說及受越南人敬奉的情況。

脚注

参考文献

関連項目

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