吉田泉

日本の政治家 From Wikipedia, the free encyclopedia

吉田 泉(よしだ いずみ、1949年昭和24年)2月26日 ‐ )は、日本の元政治家

生年月日 (1949-02-26) 1949年2月26日(77歳)
前職 石川島播磨重工業従業員
概要 生年月日, 出生地 ...
吉田 泉
よしだ いずみ
生年月日 (1949-02-26) 1949年2月26日(77歳)
出生地 日本の旗 日本 福島県いわき市
出身校 東京大学経済学部
前職 石川島播磨重工業従業員
所属政党民主党鳩山G)→)
民進党→)
希望の党→)
立憲民主党
称号 旭日重光章
経済学士
選挙区比例東北ブロック→)
福島5区→)
比例東北ブロック
当選回数 5回
在任期間 2003年11月9日 - 2014年11月21日
2017年7月25日 - 2017年9月28日
当選回数 1回
在任期間 1996年 - 2000年
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衆議院議員(5期)、財務大臣政務官菅直人第1次改造内閣菅直人第2次改造内閣野田内閣野田第1次改造内閣)・復興大臣政務官(野田第1次改造内閣[1])、復興副大臣内閣府副大臣野田第2次改造内閣)、いわき市議会議員(1期)などを歴任した。

来歴

福島県いわき市生まれ。福島県立磐城高等学校東京大学経済学部卒業。大学卒業後、石川島播磨重工業勤務を経て、福島県へ帰郷し、生家のお茶屋を継いだ。1996年いわき市議会議員選挙に立候補し、トップ当選。2000年、市議を任期途中で辞職し、第42回衆議院議員総選挙福島5区から民主党公認で立候補したが、自由民主党吉野正芳に敗れ、落選。

2003年第43回衆議院議員総選挙では、福島5区で自民党の坂本剛二に敗れたが、重複立候補していた比例東北ブロックで復活し、初当選。2005年第44回衆議院議員総選挙では福島5区で自民党の吉野(コスタリカ方式により坂本、吉野が交互に小選挙区と比例代表を入れ替え)に敗れたが、比例復活により再選。2009年第45回衆議院議員総選挙では福島5区で坂本を破り、初めて小選挙区で当選した。

2010年9月、菅直人第1次改造内閣財務大臣政務官に任命され、菅直人第2次改造内閣でも留任。

2011年6月27日東日本大震災復興対策本部福島現地対策本部長に就任。同年8月26日、菅直人首相が民主党代表辞任を正式に表明[2]。菅の辞任に伴う代表選挙(8月29日投開票)では、野田佳彦に投票した[3]。同年9月、野田内閣で財務大臣政務官に再任され、野田第1次改造内閣まで務めた。

2012年2月10日復興庁の設置に伴い初代復興大臣政務官(福島復興局及び茨城事務所担当)に任命された(財務大臣政務官も兼務)。野田第2次改造内閣では復興副大臣及び内閣府副大臣に任命された。

同年12月の第46回衆議院議員総選挙では、福島5区で自民党元職の坂本に敗れたが、重複立候補していた比例東北ブロックで復活し、4選。

2014年第47回衆議院議員総選挙で、福島5区で自民党前職の吉野に敗れ、今度は比例復活もできずに落選[4]。次期衆院選に立候補せず政界から引退する意向を示した[5]

2017年7月21日郡和子仙台市長選挙立候補に伴う退職(自動失職)により、次点だった吉田の繰り上げ当選が決定[6][7]。25日当選証書が付与された。

同年9月、表明していた政界引退を撤回し、次期衆院選の福島5区に希望の党公認で立候補する意向を示した[8]。投開票の結果、落選。落選後の11月11日に国政から身を引く意向を示した[9]

2019年5月21日発令の春の叙勲で、旭日重光章を受章[10]2020年立憲民主党福島県連顧問に就任[11]

政策・主張

所属団体・議員連盟

脚注

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