同文舘出版

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同文舘出版株式会社(どうぶんかんしゅっぱん)は、東京都千代田区に所在する出版社である。1958年の倒産までの旧社名は「同文館」であり、現在の社名となるのは1959年の経営再建以後である。

概要 種類, 本社所在地 ...
同文舘出版株式会社[1]
種類 株式会社
本社所在地 日本の旗 日本
東京都千代田区神田神保町1-41
設立 1958年(昭和33年)10月8日
業種 情報・通信業
法人番号 3010001024382 ウィキデータを編集
代表者 代表取締役社長 中島豊彦[2]
資本金 2,000万円
外部リンク https://www.dobunkan.co.jp/
特記事項:1896年(明治29年)4月3日創業
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歴史

1896年(明治29年)4月3日[注釈 1]、森山章之丞[4]が個人経営の「同文館」として創業する[5]。『大日本百科辞書』を立ち上げるが、その無理がたたり、1912年(大正元年)12月、財政破綻[6][7]。法人化して再建されることになり、1913年(大正2年)2月1日、(株)同文館が設立される[8][9]。教育、歴史、宗教、経済、商業等の専門書を中心に刊行。八大辞典の刊行などにより専門出版社としての地位を固めた。

1923年(大正12年)9月の関東大震災後は経営不振が続き、1929年(昭和4年)10月7日、臨時株主総会で事業経営を三省堂に委託することを決議[10][11]。1942年(昭和17年)、教科書の戦時統制により検定教科書の発行権を失い、打撃を受ける[12][13]。1944年(昭和19年)3月13日、臨時株主総会で、新設される予定の三省堂出版(株)に出版業務を譲渡することを決議する[12][14]。しかし、空襲などのため手続きが遅れ、三省堂出版が設立されたのは終戦後の1945年(昭和20年)12月1日になってからであった[15][16]

1946年(昭和21年)2月1日、(株)同文館として再スタート[17][18]。1958年(昭和33年)8月29日、不渡り手形を出し倒産[19][20]。10月8日、再建のための第二会社として(株)東京同文館を設立[21][20]。再び三省堂に経営権を委託し、1959年(昭和34年)3月20日、(株)東京同文館から同文舘出版(株)に改称した[22][20](「館」から「舘」に表記が変わるのはこれ以降)。

大日本百科辞書

同文舘の社主・森山章之丞は、以下のドイツ式の学問分野別大事典『大日本百科辞書』の出版を計画した。

  • 『商業大辞書』6巻(1905 - 1908)
  • 『医学大辞書』8巻(1906 - 1910)
  • 『法律大辞書』5巻(1909 - 1911)
  • 『教育大辞書』6巻(1907 - 1908)
  • 『哲学大辞書』6巻(1909 - 1911)
  • 『工業大辞書』8巻(1909 - 1913)
  • 『経済大辞書』9巻(1910 - 1916)

しかし、多額の出版費用に耐えきれず、同文舘は1912年に経営破綻に陥り、刊行は「大日本百科辞書刊行会」に引き継がれた[23]

このうち『法律大辞書』は全6巻総ページ数3600頁にのぼり、鳩山秀夫穂積重遠美濃部達吉三浦周行佐々木惣一東京帝大京都帝大などの法学者のほか、行政官や司法官も執筆に参加した[24]

脚注

参考文献

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