國前寺
広島県広島市東区にある寺院
From Wikipedia, the free encyclopedia
沿革
尾長山(二葉山)麓で庵を営んでいた暁忍が日像に師事、1340年(暦応3年)「暁忍寺」として開山した。
1656年(明暦2年)、広島藩浅野家2代藩主浅野光晟正室の満姫(加賀藩主前田利常の三女)の帰依により浅野家の菩提寺となり、現名の「國前寺」に改名した。その後本堂は満姫が、その他諸堂は光晟が建立し直した。1692年(元禄5年)、不受不施派禁圧により寺領を没収された。この際浅野家は天台宗に改宗し牛田の日通寺に菩提寺を変えている。
1945年(昭和20年)8月6日広島市への原子爆弾投下により被爆。ここは爆心地から約2.60kmに位置した。爆風により建物は北東方向に傾いたが倒壊は免れた。ここの南には東練兵場が広がっており、被爆者が数多く避難してきた。翌7日から境内に大日本帝国海軍による救護所が設けられ特に重傷者を中心に運び込まれ、呉鎮守府派遣の医療班や近隣地域の民間医師団など様々な医師が活躍した。9日には被爆地救援に当たる宇品の船舶司令部麾下の陸軍船舶兵(暁部隊)の一隊が拠点をおいた。
戦後は部分的な修理が行われていたが痛みが進行したため、1988年(昭和63年)からまず庫裏を3年かけて修理、2001年(平成13年)から本堂を5年かけて修理した。
現住は39世・疋田日量(英親)貫首[1]。
文化財
旧末寺
交通
- JR広島駅下車、徒歩で14分