国枝勘助の三男として東京府に生まれ、1902年(明治35年)家督を相続する。深川区庶務課長を経て、1913年(大正2年)12月から1916年(大正5年)12月まで京橋区長を務める[4]。のち深川区会議員、東京市会議員、同参事会員を歴任した。実業家としては田中電機製造取締役、東栄商会、丸薬回漕店各監査役、帝国塗料専務取締役などを務めた。
1928年(昭和3年)2月の第16回衆議院議員総選挙に東京府第4区から立憲政友会所属で出馬して当選。1932年(昭和7年)2月の第18回衆議院議員総選挙でも当選した。