園基任
安土桃山時代から江戸時代初期の公卿。園家12代。従三位・参議、贈左大臣
From Wikipedia, the free encyclopedia
略歴
天正12年(1584年)に叙爵。以降累進して、侍従・左近衛少将・左近衛中将・蔵人頭を経て、慶長17年(1612年)に参議となり、公卿に列する。しかしその翌年に薨去している。享年41。
長女・光子は後水尾天皇の後宮に入っており、光子の産んだ皇子は後光明天皇として即位する。そのため、基任は後光明天皇の外戚にあたり、後光明天皇の即位後の正保2年(1645年)には左大臣を追贈されている。その後、後光明天皇は若くして崩御するが、この時の縁で孫娘(基任の子・基音の娘)である国子(新広義門院)も後水尾天皇の典侍として召され、国子の産んだ皇子は霊元天皇として即位する。続けて二人も天皇生母を輩出した園家は以降大いに繁栄していく事となる。