元禄7年(1694年)に伏見宿が開設されるまで中山道の宿場であった[1]。天正10年(1582年)2月織田信忠が、慶長5年(1600年)9月には徳川秀忠が関ヶ原の戦いの時、本陣に宿泊した記録が残っている。また、徳川義直も宿泊し本陣を「止善殿」と名付けた。
寛永17年(1640年)に木曽川対岸の太田宿との合宿とされた[2]。
その後、木曽川の流路の変化により渡し場が移動したのに伴い、元禄7年(1694年)に伏見宿が新設された[1]。これにより土田宿は中山道の宿場としては廃宿となり、上街道の宿場として存続することになった[1]。