太宰令
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歴史
春秋時代までの太宰
宰は肉を扱う料理人である。太宰は殷・周の頃からあり、王の家政をとりしきったようである。文献では春秋時代の宋や呉にも見える。
秦
漢を興した劉邦は、高祖2年(紀元前205年)に昔の秦の祝官を召し、太祝と太宰を復した[1]。前漢初期の官制・官名は全般に秦の制度を踏襲しているので、秦の制度も前漢の太宰令以下と同じであろう。
前漢
前漢の太宰令は、奉常(後に太常)の属官(部下)であった[2]。次官として丞(太宰丞)がついた[2]。『漢書』顔師古注が引用する『漢儀注』によれば、太宰令には屠者72人、宰200人が属したという[3]。
後漢
後漢でも太常に属した。職務は、「鼎・俎・饌具(供えるための器物)の製作と、国の祭祀で饌具をならべる」ことである[4]。秩石は600石。丞(太宰丞)が一人ついた[4]。
晋以後の太宰
儒教経典にそった制度を復興させようという機運から、晋の建国時には太宰、太傅、太保が三公として設けられた[5]。祭祀のためには祭酒令を置いた。この後、太宰があるときには三公として置かれることとなり、太宰令はなくなった。