妙竜
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略伝
神代文字論争
諦忍には国学への関心があり、『伊呂波問辨』という著書では神代文字が実在していたと主張する。この著書は太宰春台や貝原益軒の非存在説に対して反駁したもので、「儒者の癖として日本に生まれながら中国を崇めるあまり、日本にはもともと文字がなかったと思いこんでいる」と難じている。また古い神社には「神字」の記録が残されているとして、「平岡宮泡輪宮」を例として挙げる。安永7年に尾張国の僧で金龍敬雄という者が『駁伊呂波問辨』を書いて神字があるなら見せてみよとせまるのに対して、同じ年に『神國神字辨論』をあらわし、鎌倉鶴岡八幡宮・宝庫にあったという神代文字を謄写して掲げた。神代文字と称されるものが書物に載ったのはこれが初めてという[注釈 1][2]。
注釈
- 後日、鶴岡八幡宮を訪れた研究者・宮崎小八郎が宮司に面会し、秘蔵の神代文字を拝観したい旨を伝えると、宮司は「その神代文字というのは平田篤胤の本に書いているが、今日当社には存在していない」と答え、無くなった理由も要領を得なかった。