姚伷
中国後漢末期から三国時代の政治家
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事績
劉備が益州を平定した後、工曹書佐に任命された。
建興元年(223年)、広漢太守となった。同郡の龔禄と並んで名声を博しており、張嶷と親しく交わっていた。
建興5年(227年)、諸葛亮が漢中に駐屯した際、召し寄せられて丞相掾となった。
文武に秀でた人材を推挙したので、諸葛亮は賞賛して「人材を推挙すること以上に国家の益になることはない。人材を推挙する者は、誰しも自分の好む分野にだけ熱心となるが、姚伷は文武双方で優秀な人材を増やしてくれている。博雅であると言えよう。願わくば、他の掾たちもこのことを心がけ、期待に応えるように」と語った。その後、参軍となった。
参考文献
- 「正史 三国志 5 蜀書」(陳寿 著、裴松之 注、井波律子 訳)ちくま学芸文庫 ISBN 4-480-08045-7