子思
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生涯
著作
思孟学派
『史記』孟子荀卿列伝などによれば、孟子は子思の学派から儒学を学んだとされる[7]。このことから、儒家内の子思と孟子の学派は思孟学派と通称される[8]。『荀子』非十二子篇では、敵対する思孟学派を非難する際に、「五行」説という邪説をといた学派として非難している[8][9]。ただし、『荀子』は「五行」説がどのような説かは述べなかった[8]。
20世紀末、新たに発見された出土文献(馬王堆帛書および郭店楚簡)の『五行』という文献が、その「五行」説について述べた文献と推定されて、思孟学派が注目されるようになった[8][10](内容は「木火土金水」の五行説とは異なるが、関連を指摘する学者もいる[8][11])。
なお、思孟学派に関する出土文献は他にも、郭店楚簡『性自命出』と上博楚簡『性情論』(どちらも内容が『中庸』や性善説と類似する)[6]や、郭店楚簡『魯穆公問子思』[12]がある。また、郭店楚簡や上博楚簡からは上記の緇衣篇とほぼ同じ『緇衣』が発見されている。
