宕州 From Wikipedia, the free encyclopedia 宕州(とうしゅう)は、中国にかつて存在した州。南北朝時代から宋代にかけて、現在の甘粛省宕昌県一帯に設置された。 魏晋南北朝時代 566年(天和元年)、北周が宕昌国を滅ぼし、その地に宕州を設置した。 隋代 隋初には、宕州は2郡3県を管轄した。583年(開皇3年)、隋が郡制を廃すると、宕州の属郡は廃止された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、宕州は宕昌郡と改称され、下部に3県を管轄した[1]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州宕州郡宕昌郡 郡宕昌郡甘松郡県良恭県 和戎県 懐道県 県陽宕県 和戎県懐道県 閉じる 唐代以降 618年(武徳元年)、唐により宕昌郡は宕州と改められた。742年(天宝元年)、宕州は懐道郡と改称された。758年(乾元元年)、懐道郡は宕州の称にもどされた。宕州は隴右道に属し、懐道・良恭の2県を管轄した[2]。763年(広徳元年)、宕州は吐蕃に占領された。 1073年(熙寧6年)、北宋の王韶が宕州を奪回した[3]。宕昌寨が置かれ、岷州に編入された[4]。 脚注 [1]『隋書』地理志上 [2]『旧唐書』地理志三 [3]『宋史』王韶伝 [4]『宋史』地理志三 Related Articles