史料上は南北朝時代以降に宮寺郷の名があり,宮寺村から隣接する三ヶ島村にかけてに比定されている。戦国時代には小田原北条氏の支配下にあった。徳川幕府初期に中野・荻原・小ケ谷戸・大森・坊・矢寺(以上が後の宮寺村)・二本木(宮寺村および元狭山村)・富士山・駒形・高根(元狭山村)・糀谷(三ヶ島村)の11ヶ村に分かれたという。旗本領であった。
- 1875年(明治8年) 宮寺郷のうち小ヶ谷戸村、坊村、二本木村坂部上知、荻原村、中野村、大森村、矢寺村及び宮寺新田、宮野新田が合併して宮寺村となる。
- 1889年(明治22年)4月1日 町村制施行においては、それまでの宮寺村がそのまま継承され入間郡宮寺村となる。
- 1956年(昭和31年)9月30日 豊岡町、金子村、藤沢村、宮寺村、西武町の一部(旧東金子村)が合併し武蔵町が新設される。