ジェイテクトコラムシステム
日本の自動車部品メーカー
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株式会社ジェイテクトコラムシステム(英: JTEKT COLUMN SYSTEMS CORPORATION)は、日本の自動車部品の製造・販売メーカーである。本社を静岡県湖西市に置く。略称・通称は「ジェイテクトコラム」「JCS」。
| 種類 | 株式会社 |
|---|---|
| 市場情報 | |
| 略称 | ジェイテクトコラム、JCS |
| 本社所在地 |
〒431-0431 静岡県湖西市鷲津2028 |
| 設立 | 1944年11月15日 |
| 業種 | 輸送用機器 |
| 法人番号 | 5080401006071 |
| 事業内容 | 自動車部品の製造・販売 |
| 代表者 | 秋山式広(代表取締役社長) |
| 資本金 | 59億85百万円 |
| 発行済株式総数 | 53,171千株 |
| 売上高 |
単体:541億45百万円 連結:1,127億65百万円 (2017年3月期)[1] |
| 純資産 |
単体:243億95百万円 連結:410億33百万円 (2017年3月期)[1] |
| 総資産 |
単体:495億99百万円 連結:787億50百万円 (2017年3月期)[1] |
| 従業員数 |
単体:1,235名 連結:4,247名 (2017年3月31日現在)[1] |
| 決算期 | 3月31日 |
| 主要株主 | ジェイテクト 100% |
| 外部リンク | https://www.column.jtekt.co.jp/ |
2023年3月31日までの旧社名は富士機工株式会社。富士機工時代の2017年以降からジェイテクトの傘下に置かれており、2023年4月1日付で現在の商号に商号変更した。当項目では、富士機工時代についても述べる。
概要・歴史
富士機工時代
1944年11月、富士紡績を母体として富士兵器株式会社を設立。太平洋戦争の戦時中は豊川海軍工廠向けに砲弾等の兵器を製造していた事で知られている。
太平洋戦争終戦により、1945年10月に富士機工株式会社に社名変更。兵器から自動車部品の製造に切り替え、それ以来ステアリングやパワートレイン、シート機構部品等、すなわちステアリングコラム・シフター及び機関駆動部品・スライドレールやリクライナー等自動車部品の製造・販売を手がけており、日産自動車向けを主体として、スズキや三菱自動車等、2000年代後半以降はトヨタ自動車向けの自動車部品も手がけていた。
ジェイテクト傘下・ブランド統一による社名変更
前述のとおり、2000年代後半頃からトヨタの自動車部品も手がけるようになったため、同時期からジェイテクトも主要取引先に加わった。その後、2017年10月に富士機工は同社の傘下に入ると同時に、シート事業は分割・分社化されて設立されたタチエス傘下の新会社・株式会社TF-METALに移管された。
2022年4月、ブランド統一の一環として富士機工を含むジェイテクト傘下各社は「ジェイテクト」と冠する社名に順次変更することが報じられ、2023年4月1日付で現在の商号に社名変更した。
沿革
- 1944年(昭和19年)11月 - 富士兵器株式会社を創立[1]。本社・本店は東京都中央区に置かれていた。
- 1945年(昭和20年)10月 - 社名を富士機工株式会社に変更[1]。本社は静岡県湖西市、本店は東京都中央区。
- 1954年(昭和29年)4月 - 日産自動車と取引開始、自動車部品の製造開始。
- 1959年(昭和34年)7月 - 富士紡績株式会社本庄工場を買収し、全額出資して埼玉機工株式会社を設立。
- 1963年(昭和38年)3月 - 埼玉機工株式会社を合併し、本庄工場として発足。
- 1966年(昭和41年)3月 - 東京証券取引所第2部に上場[1]
- 1973年(昭和48年)2月 - 鈴木自動車工業株式会社(現・スズキ)と取引開始。
- 1996年(平成8年)9月 - 東京証券取引所第1部に指定替え[1]。
- 1999年(平成11年)10月 - 本店を東京都中央区から静岡県湖西市に移転。
- 2017年(平成29年)
- 2018年(平成30年)1月 - 上場廃止。株式売渡請求によりジェイテクトの完全子会社となる[6]
- 2023年(令和5年)4月 - 現商号に商号変更。