尚之信
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
康熙12年(1673年)に、父の尚可喜は、故郷の地(遼東)に帰るため、平南王の爵位と広東の地を子の尚之信に継がせようと願い出た。しかし、これに対して清朝廷は詔を出して尚之信ら三藩を廃止しようとした。
呉三桂と義兄弟の耿精忠は軍隊を出し、尚之信はそれに呼応した。康煕15年(1676年)、挙兵に反対した父の尚可喜を軟禁し、まもなく父が死去すると、清に投降して、清軍とともに呉三桂を攻撃した。康熙18年(1679年)、康熙帝は三藩を平定して、尚之信の軍権を削ぎ弱体化させた。康熙19年(1680年)秋8月に、康熙帝は、反逆の心ありと疑い、閏8月に尚之信とその子の尚崇謐を逮捕して北京に連行して、処刑させたとも、自殺を命じた(賜死)ともいわれる。享年45。
