後生鰻
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『後生鰻』(ごしょううなぎ)は古典落語の演目。もとは『淀川』(よどがわ)という上方落語の演目を東京に移植したのではないかとされる[1]。別題として『放生会』(ほうじょうえ)がある[2]。
上方における『淀川』の題について、東大落語会編『落語事典 増補』は「料理屋の名」とするが[2]、前田勇は「淀川へ赤子をドブーン」という落ちを紹介している[1]。宇井無愁の『落語の根多 笑辞典』の『淀川』のあらすじでも特に鰻屋の名前を「淀川」とはしておらず、赤ん坊を淀川に投げ入れる落ちである[3]。
桂松光の演目帳『風流昔噺』(万延2年・1861年)には「和尚魚たすけ但シ子ハ河へどぼんトはめ南無阿弥陀仏南無阿弥陀仏」とすでに現行に近い内容が記されている[1]。
落ちについて、『落語事典 増補』は「信心を扱ったはなしにしては残酷性を帯びている」と記し[2]、宇井無愁は『淀川』について「形骸化した慈悲心を痛烈に諷刺している。(中略)諷刺は時に残酷をためらってはならない。」としている[3]。
1940年9月に当時の講談落語協会が警視庁に届ける形で口演自粛を決定した禁演落語53演目に含められた[4]。禁演落語について調査した柏木新は、本作品が「残酷な噺」だったとしている[4]。
あらすじ
殺生をしない信心深い大家の主人が鰻屋の前を通ると、親方が鰻をまな板の上へ乗せて包丁を入れようとしている。隠居は鰻がかわいそうだと声をかけ、鰻を買い取って川に放り込み、「ああ、いい功徳をした」と言って帰った。
親方は隠居が通れば鰻を買い取ってくれると期待したが、隠居が来ない日が続く。ある日隠居が現れるがちょうど鰻が切れている。生きているものならなんでもいいと親方が赤ん坊をまな板に乗せると、驚いた隠居が赤ん坊を100円で買い取り、「今度はあんな家に生まれてくるなよ」と因果を含めて川に放り込んだ。
『淀川』
大筋は『後生鰻』と同じであるが、鰻屋から鰻を買い上げて放流するのが和尚となっている[3]。