徐台教

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徐 台教(ソ・テギョ、서태교、1978年 - )は、韓国在住のジャーナリスト在日コリアン三世。専門は朝鮮南北問題脱北者問題、韓国政治など[2][3][4]。インターネットメディア「コリア・フォーカス」を運営する傍ら、日本のメディアにも多数寄稿・出演している[2][5][6][7]

生誕 1978年(47 - 48歳)
日本の旗 日本 群馬県多野郡新町(現・高崎市新町)[1]
出身校 高麗大学校人文学部東洋史学科
職業 ジャーナリスト
肩書き 「コリア・フォーカス」編集長
概要 ソ・テギョ 徐 台教, 生誕 ...
ソ・テギョ
徐 台教
2026年
生誕 1978年(47 - 48歳)
日本の旗 日本 群馬県多野郡新町(現・高崎市新町)[1]
出身校 高麗大学校人文学部東洋史学科
職業 ジャーナリスト
肩書き 「コリア・フォーカス」編集長
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来歴

群馬県多野郡新町(現・高崎市新町)に生まれ育つ[1][8]。曾祖父と祖父は1930年代に慶尚南道陜川郡から日本に渡って来た。新町はかつて北関東では最大の人口密度を誇り、人口の1%近くが在日コリアンだった。かつ、そのほとんどが慶尚南道の出身者で、「徐」の名字を多く持っていた[9]

前橋市にある群馬朝鮮初中級学校で小学校生活を送り、親の勧めで高崎市立高松中学校に入学した[9]群馬県立高崎高等学校卒業後、大学受験に失敗し、家庭の事情で横浜市の妙蓮寺の新聞配達店に就職して、1年半ほど過ごし、その後、東京都中野区で一人暮らししていた姉の家に転がりこんだ。このときに図書館で借りて読んだ金石範の『火山島』が、徐にとって韓国の原型の一つになったという。また、姜哲煥安赫の『北朝鮮脱出』など脱北者が書いた手記もよく読んだ[9][10]。姉は韓国に語学留学。姉からの「韓国は面白いよ」という言葉に触発され、韓国の大学の試験を受けることを決意。新町の在日コリアンのなかで韓国の大学に留学する者は徐が初めてだった[9][10]。1999年に同国へ渡った[2]

2000年3月、高麗大学校人文学部に入学。入学してすぐに脱北者への支援ボランティア・サークルに入った[11]。また、哲学に関心があったため「ドイツ哲学研究会」というサークルに入る。ドイツ哲学研究会は70年代、80年代の高麗大の学生運動を牽引した伝説化したサークルでもあったが、徐がそのことを知ったのはあとのことだった[12]。3年生時に東洋史学科を専攻。大学4年生の2004年秋、ボランティアで知り合った女性から、米国のNGOのプロジェクトとして、中国東北三省の農村に売られた北朝鮮女性被害者の実態調査にいっしょに行かないかと誘いを受ける。中国での調査は足掛け3年に及び、100人以上の脱北女性にインタビューした。インタビューの内容は報告書としてまとめられた[13]

大学卒業後、すぐにアジアにおける経済援助と人権保護を目的とするNGOを立ち上げた。中国に共に渡った前述の女性と結婚した[14]。なお、女性の祖父は朝鮮戦争のさなかに国民保導連盟に所属させられ、1951年1月に陸軍第六師団に虐殺された戦争の犠牲者だった[15]。4年間NGOの運営に携わったあと、2009年に日本に戻り、アジアプレス・インターナショナルに記者として就職した。大阪事務所代表の石丸次郎の下で北朝鮮の内部を探る取材を始め、中朝国境に何度も飛んだ。取材結果の映像等は日本の放送局のほか、韓国のKBS、英国のBBCなどでも放映された[14]

2012年夏、妻の希望により韓国に戻った。2015年初頭、韓国への永住帰国の手続きをとった[16]

2016年10月24日、韓国のテレビ局のJTBCが、朴槿恵大統領の友人の崔順実が朴の演説文を事前に閲覧し、赤字で修正していたと報じた[17]。このスクープをきっかけに朴の退陣を求めるデモが活発化する。同月29日から取材を開始し[18]、そこから半年以上「ろうそく集会」と朴槿恵弾劾に伴う大統領選挙を密着取材。その過程をまとめた「韓国大統領選2017」が多くのアクセスを集めた[19]

2017年5月、韓国政治、南北関係を扱うインターネットメディア「コリアン・ポリティクス」を創刊[19]

2018年5月30日、韓国のドキュメンタリー映画『共犯者たち』が日本で初めて上映された[20]。同年6月16日には名古屋市でも上映会が開かれ、徐は上映後に講演ならびに映画の解説を行った[21]

2020年3月、「コリアン・ポリティクス」の扱うテーマを広げ、「ニュースタンス(The New Stance)」へとリニューアル[19][22]。2023年8月、二―スタンスの名称を「コリア・フォーカス(The Korea Focus)」に変更。

2024年12月3日22時28分、尹錫悦大統領非常戒厳を宣言した[23][24]。自室でくつろいでいた徐の携帯電話にメッセージが次々と届き、テレビのニュース専門チャンネルをつけて事態を知った[25]。徐はそのときの状況をこう綴っている。

国会に行くべきか。いや、違う。(中略)こんな場合に日本メディアは「韓国で非常戒厳」と短く配信するだけで、尹大統領の詳細な宣布内容までは伝えないのが常だ。何年もやってきたので、それくらいはわかる。尹氏はいったい何を考えているのか。私も分からないが、その材料を提供する必要はある。今はまず、演説全文を訳すことを優先すべきだ。(中略)ようやく翻訳が終わったのは、夜11時20分過ぎ。記事を公開してXで共有すると、あっという間に拡散される[注 1]徐台教『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』集英社、2025年、9頁

自宅からタクシーに乗り、4日午前0時を少し回った頃に国会前に到着した。そこからインターネットメディア「デモクラシータイムス」で配信中継を行った[28]。午前1時2分に戒厳解除要求決議案は与野党の議員190人全員の賛成投票で可決[29]されるが、徐は午前6時まで現地で取材を続けた。休む間もなく、日本の複数のメディアに出演し報告を行った。戒厳司令部が発した布告令の第3項に「すべての報道および出版は戒厳司令部の統制を受けるものとする」という文言があったことにとりわけ危機を感じたと徐は述べている[30][7][31]

2025年9月30日、初の著書『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』を集英社から刊行した[32]

Yahoo!ニュースや集英社の情報サイト「imidas」などで連載コラム[5][6]をもつほか、前述の「デモクラシータイムス」や「ポリタスTV」、「Arc Times」などの独立系メディアや「荻上チキ・Session」などのラジオ番組に韓国・朝鮮情勢の解説者として出演している[30][7]

著書

  • 『分断八〇年 韓国民主主義と南北統一の限界』集英社、2025年9月30日。ISBN 978-4420310826

脚注

参考文献

外部リンク

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