応竜
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伝承

『山海経』では、伝説の王である黄帝に直属していた竜。天地を行き来することができる。また、水を蓄えて雨を降らせる能力があり、黄帝と蚩尤軍団(巨人の夸父と悪神の風伯・雨師)が争った時は、嵐を起こして黄帝の軍の応援をした[5]。しかし涿鹿の戦いで蚩尤と夸父を殺害するという殺生を行ったため邪気を帯び、神々の住む天界へ登ることができなくなり、以降は中国南方の地に棲んだという。このため、応竜のいる南方の地には雨が多いのに、それ以外の北方の地は旱魃(天女魃)に悩むようになったという[6]。下界が日照りに見舞われると、凶犂土丘(きょうりどきゅう)の人々は応竜の姿を模して土竜(どりゅう)を作り、南の最果てに住む応竜に祈ると、大雨を招く[7]。
『淮南子』によれば、太古の昔、応竜は雲に乗り飛び[8]、雷の車を牽引し、天空を修復した神・女媧を載せ、九重天の門に登り、天帝に謁見した[9]。
『楚辞』では、大洪水の時代に、応竜は夏王朝の開祖・禹の治水事業に助力した。応竜は尾で地面に絵を描き、河川の流路を創造し、排水を要する河川を海へと導いた[10]。この伝承における応竜は、黄竜あるいは神竜(しんりゅう)とも記される[11]。
『岳瀆経』には、淮河と渦河の水神・無支祁が暴れ回り、禹王と敵対した。応竜は無支祁を駆逐し、亀山の下に封印し、水害を平定した[12]。版本と異なる『古岳瀆経』での神将・庚辰(こうしん)と応竜が混同されている[13]。
『雲笈七籤』などの道教経典には、『山海経』の改編が存在する。応竜を逆に蚩尤の臣下と設定し、風伯・雨師と共に水攻めを発動させ、黄帝が召喚した天女魃と戦わせている。黄帝軍が勝利し、犂山之丘で蚩尤を殺し、応竜を南方の最果てへと駆逐した[14]。同位の替代として、文中の黄帝の乗騎は竜翼を持つ神獣・騰黄(とうこう)とされ、「天下を巡遊できる八翼の竜」と描かれている[15]。