本節では、宋代に現在の河北省と山東省の省境に設置された恩州について述べる。
唐の貝州を前身とする。1048年、北宋により貝州が恩州と改称された。恩州は河北東路に属し、清河・武城・歴亭の3県を管轄した[3]。
金のとき、恩州は大名府路に属し、歴亭・武城・清河・臨清の4県と漳南・新安楽・旧安楽・王杲・武城・曹仁の6鎮を管轄した[4]。
元初に清河県が大名府の属県に移され、武城県が高唐州の属県に移されたため、恩州は歴亭県と司候司を管轄するのみとなった。1265年(至元2年)、歴亭県と司候司も廃止されて恩州に編入された。恩州は中書省に属した[5]。
1369年(洪武2年)、明により恩州は恩県に降格した[6]。