懐機

From Wikipedia, the free encyclopedia

懐機(かいき、:くぇーち)は、琉球国第一尚氏王統国相中国から派遣された人物だという説があり、第一尚氏王統の始祖である尚思紹から第5代国王尚金福までの王に仕えたとされる[1]

人物

進貢長史として懐機が琉球に派遣されている。

王茂の次の年代に国相となり、尚金福王代には、離れ島だった那覇浮島をつなぐ石橋(長虹堤)の土木工事の指揮を執っている。

尚思紹尚巴志尚忠尚思達尚金福の第一尚氏王統五代の王に仕え、国公と呼ばれる[2]

しかし近年石井望の以下の新説がある。「おもろさうし」78番(卷二)に、越来按司の子「(ま)たちよもい」が尚泰久であることは定説だが、別途巻十五の「宇座のたちよもい」を泰期とする旧説は誤りであり、両者はともに同一の尚泰久=懷機=國公道球である。尚泰久が懷機という漢字名(越來の福建字音)で座喜味城の長濱で南海貿易を行ない、國公(越來及び懷機の同音)の道球(泰久の同音)として『琉球國由來記』巻十に記録されたのである[3][4][5][6][7]

参考

外部リンク

Related Articles

Wikiwand AI