斗栱
中国に起源を持ち、屋根の荷重を支えて柱へと伝える、木造建築の構造要素
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呼称
歴史
起源
現在、斗栱の前身とその発生過程については、主に以下の3つの説がある:
- 井干構造(立柱や大梁を用いない建築構造)から派生したとする説。
- 挑梁(せり出した梁)から発展したとする説。
- 擎檐柱(屋根を支える柱)が斜材へと変化し、それがさらに斗栱へと発展したとする説。
最も古い斗栱の形状は、戦国時代の崖墓や石室、石闕、冥器、壁画などに見られる。これらの斗栱は形状が比較的単純で、主に陶製の十字型部材を交差させて積み重ねたものであり、外観は粗削りで装飾的要素は少なく、主に荷重を支える役割を担っていた。
現存する実物としては、四川省綿陽市梓潼県の漢代・石闕に見られる「一斗三升斗栱」、および四川省雅安市の後漢・高頤墓闕に見られる「一斗二升斗栱」が挙げられる[5]。この形式の斗栱は後に日本へと伝わり、飛鳥・奈良時代の法隆寺にその姿を確認することができる[6]。

