河塚篤史
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経歴
大阪府で育つ。ヴィジュアル系バンド「PLÈ,SÚRE(プレジャー)」のドラマーとして活動後、数バンドのサポートドラマーを務める。陰陽座の結成以後、それまで同様にサポートとして参加。その後、1999年11月27日のライブ中に瞬火から正式加入のオファーを受け、その場でメンバーとなる。以降、斗羅(とら)名義で活動。
陰陽座の活動と並行して、2003年には瞬火と共に梶山章率いるゴールドブリックへ参加。また2006年には、自身も大ファンであり、過去には陰陽座として五人一首とのセッションでコピーを行った経験もある筋肉少女帯の活動再開ライブに、サポートドラマーとして参加している。
2009年3月10日、陰陽座及び所属事務所から脱退し、本名名義での活動を発表。陰陽座にはサポートドラマーとして、引き続きレコーディングやツアーに参加していた。しかし、2011年の陰陽座ライブツアー『春爛漫に式の舞う也』には、出演することとなっていたが直前にキャンセル[2]。以降、陰陽座の活動には関与していない。
2011年5月、三浦俊一(Gt / 元P-MODEL)、戸田宏武(Key / FLOPPY)、内田雄一郎(Ba / 筋肉少女帯)と共にポストロックバンドNESSを結成。
2013年、大阪のアイドルユニット“ポンバシwktkメイツ”の東名阪tourに参加。
影響
演奏スタイル
- ライブ中は常に笑顔で、ドラムを演奏しながらもよく歌を口ずさんでいる。陰陽座の「がいながてや」などのいわゆるお祭りソングでは、椅子から立ち上がってプレイするパフォーマンスをする。