新富駅
日本の北海道雨竜郡幌加内町にあった北海道旅客鉄道の駅
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歴史
当駅が所在した新富(←豊富←添牛内13線)地区およびその近郊ではもともと鉄道駅設置の要望が叫ばれていたが、戦時中の1943年(昭和18年)から、近隣の添牛内15線で亜炭の鉱区が開かれて添牛内駅まで月産500tの馬搬が行われるようになり、開駅の必要性が強まった[2][3]。炭砿は1947年(昭和22年)に政府の資金援助がなくなり休鉱となったが要望は根強く、ついに鉄道局の許可を取り付けて集落負担(一部村費)で1953年(昭和28年)にホームと駅舎・便所を建設したが[3][2]、結局貨物の取扱を行わない無人の乗降場となった[2]。
利用者減少により深名線廃止に先立つ1990年(平成2年)9月1日に廃駅となったが、この際、駅の廃止に当たってJR北海道から廃止を打診された幌加内町が、利用していた3戸の住民に確認せず廃止に同意をしたため、列車で病院に通っていた老夫婦が孤立するという問題が起きている[4]。なお、2015年の国勢調査によると幌加内町字新富は消滅集落となっている。
年表
駅名の由来
当地は当初「添牛内13線」と呼ばれる地区であったが、1940年(昭和15年)に戦時体制の強化のために内務省が出した訓令に基づく部落会整備にあたってその部落名が「添牛内中央」となり、翌1941年(昭和16年)の村会で、1931年(昭和6年)に当地稲作発展のために発足した「豊富土功組合」にちなんで「豊富」に改称された[2]。
しかし国鉄ではすでに宗谷本線豊富駅があるため駅名を「新富」とした[7][3][2]。その後住民から地区名も新富に変更するよう要望があり、1960年(昭和35年)1月16日の町議会で地区名も「新富」とし、同年1月1日に遡及して改名した[2]。ただし、当地の小学校名はその後も豊富小学校のままであった[2]。
なお、1973年(昭和48年)に国鉄北海道総局が発行した『北海道 駅名の起源』では字名改正が先であったとしているが[7]、これは誤りである。
駅構造
駅周辺
駅跡
廃駅と同時に撤去され、2011年(平成23年)時点では駅関連施設はすべて撤去されている[9]。

