広橋国光の子として生まれる。幼い頃、本國寺15世日栖の門に入り、18歳にして同寺16世となる。文禄4年(1595年)、豊臣秀吉が建立した方広寺大仏殿(京の大仏)千僧供養に不受不施義の教義を守って出仕しなかった[1]。
文禄5年(1596年)4月に本國寺を発ち、開祖の日蓮の佐渡の霊跡を巡拝した。同年、京に戻ると小倉山に常寂光寺を開山して隠棲した[2]。
京の町衆に篤く信頼されており、豪商角倉了以が嵯峨の小倉山の土地を寄進した。のちに了以の大堰川改修工事を支援している。
元和3年(1617年)、死去。