旧字体
当用漢字制定以前に使われていた日本の漢字
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旧字体(きゅうじたい)は、明治以降、日本における当用漢字字体表(1949年)制定以前に使用された活字の漢字の字体である。
日本において第二次世界大戦後に告示された当用漢字字体表に示された漢字の字体のうち、従前の活字と異なる形となった簡易字体(略字、異体字)及びそれ以降の字体を新字体と呼び、対し当用漢字字体表に使用していた字体を旧字体としている。
台湾、香港、マカオ、韓国および北米の華僑は現代でも日本でいうところの旧字体を使っているが、幾つかの字は字形が日本とは異なっている。中国では、共産党政権下で政策的に簡略化された簡体字に対して、台湾や香港で用いられるいわば旧字体を繁体字と呼ぶ。ここでは、日本における新字体を論じる。
概要
新字体に対し、明治以来使用されてきた漢字の字体は「旧字体」「正字体」、「いわゆる康煕字典体[注釈 1][1]」などと称される。新字体は、旧字体の旁(つくり)を同音の画数の少ない文字に差し替える、複雑な部分を省略した記号に置き換えるなどの手法で簡略化したものである。
おおまかには康熙字典体と一致するが、そもそも当用漢字の制定以前は、学校で使用される教科書においても複数の字体が併用されるなど、字体について厳密な統一がなされていなかった。ゆえに個々の文字について、旧字体とみなされる字体は必ずしも一定ではない。
新字体制定後も旧字体の使用が禁止されているわけではなく、また歴史的、系統的知識を必要とする場合や、法務省管轄の人名用漢字もあり、旧字体についての知識が必要になる場合がある[2]。
歴史と経緯
1923年(大正12年)5月9日、文部省臨時国語調査会が初めて常用漢字表を発表[注 1]。同年9月1日実施予定であったが、同日発生した関東大震災により頓挫した[5]。その後文字数の増減などの検討が継続した。
それらの漢字略字化案をもとに作家の山本有三が主導する国語審議会が制定した漢字1,850字の字体が、1946年11月16日に内閣によって当用漢字として告示された[6]。
1948年(昭和23年)6月1日、国語審議会第14回国語審総会にて、「当用漢字字体表」を議決[7]。ここでは楷書や草書で使用されていた字体などをもとに、多くの新しい字体が採用された。以後、1981年に国語審議会が当用漢字の後継として常用漢字1,945字を選定するまでの約35年間、この当用漢字は戦後標準的に使われる字体(新字体)として定着してゆく。
1948年1月1日の戸籍法改正により、当用漢字外の漢字は子の命名に使用できないとされたが、これに対する国民からの不満が大きかったため、1951年5月25日より人名用漢字が「人名用漢字別表」として追加指定されるなど、使用可能な漢字の制限はいくぶん緩和された。その後、人名用漢字の所管は法務省に移管された。
2010年(平成22年)には文化審議会が2,136字からなる「改定常用漢字表」として答申し、11月30日に平成22年内閣告示第2号として告示され、同年11月30日に平成22年内閣告示第2号として告示された。