春風亭栄枝
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経歴
1957年3月に京華高等学校卒業後、1957年10月に八代目春風亭柳枝に入門。前座名は「枝二(えたじ)」。1959年10月、師匠柳枝死去。1959年12月に柳枝が死去したため八代目林家正蔵一門に移籍。「林家枝二」と亭号を改める。
1960年8月に二ツ目昇進。
1973年3月に三升家勝彌、橘家圓平、三遊亭さん生、三代目吉原朝馬、柳家小のぶ、柳家かゑる、三升家勝二、桂小益、柳家さん吉の十名で真打昇進。1982年1月に師匠彦六が死去。1982年2月、『笑点』(日本テレビ)の師匠彦六追悼特集に、兄弟子二代目橘家文蔵、弟弟子初代林家木久蔵(現:林家木久扇)、林家九蔵(現:三遊亭好楽)と共に出演。
1983年7月に七代目春風亭栄枝襲名。
1999年4月に『TXNニュースワイド 夕方いちばん 〜金曜かわら版〜』(テレビ東京)にコメンテーターとしてレギュラー出演。1999年10月、『TXNニュースアイ 〜春風亭栄枝の金曜かわら版〜』(テレビ東京)にレギュラー出演。政治・経済・事件などをテーマに、毎週、世相を斬る狂歌を披露。2000年1月に『TXNニュースアイ 〜春風亭栄枝の狂歌でガツン!〜』とタイトルを変えてレギュラー出演。小泉純一郎、田中眞紀子、鳩山由紀夫、土井たか子ほか多くの政治家や著名人への単独インタビュー取材を行う。
芸歴
人物
逸話
弟子入りに親を呼んで来いと言われた時に、師匠の前で学校の校長をしていた父親が「落語家風情…」と言ってしまい、後で師匠に笑われたという。
師匠彦六の怪談噺を怖がらない子供達を見て、寄席にハードロックのKISSを呼ぼうとしたが未遂に終わった。若手の頃、花見の席でベイ・シティ・ローラーズの『サタデー・ナイト』を延々とかけていた。
枝二時代は稲荷町の正蔵宅の水撒きが当番。夕立のあとにも水を撒いたという。
新婚旅行で永平寺に出かけ、妻にいいところを見せたくて勝手に鐘を鳴らしたら、たくさんの住職に連れて行かれ3日間お寺の牢に幽閉された[5]。
著書
- 『蜀山人 狂歌ばなし 江戸のギャグパロディーの発信源』(1997年、三一書房、ISBN 4380972356)
弟子
出典
- 諸芸懇話会・大阪芸能懇話会共編『古今東西落語家事典』(平凡社、ISBN 458212612X)