景定 From Wikipedia, the free encyclopedia 景定(けいてい)は、中国・南宋の理宗の治世に使用された元号。1260年 - 1264年。 プロジェクト 紀年法 西暦等との対照表 景定元年2年3年4年5年 西暦1260年1261年1262年1263年1264年 干支庚申辛酉壬戌癸亥甲子 元中統元中統2中統3中統4至元元 出来事 開慶元年 12月13日:翌年より踰年改元の詔が下る。 景定元年 4月16日:賈似道が少師・右丞相となり政権を握る。 7月:モンゴルの郝経が来て和議を求めたが、南宋はこれを拒否。郝経は真州に抑留される。 9月23日:李璮が淮安を侵犯する。 景定2年 4月5日:呂文徳が京湖安撫制置大使に任ぜられる。 7月29日:クビライが南宋征討を宣する。 景定3年 2月3日:李璮がモンゴルを裏切って南宋と内応する。 7月20日:モンゴルが李璮の乱を平定する。 景定4年 2月:嘉定府がモンゴル軍により侵される。 2月7日:公田を買い上げる詔勅が出る。 10月13日:浙西の6郡に公田荘が設置される。 景定5年 10月24日:関子銅銭法を行ない、現行会子の発行は中止させる。 10月26日:理宗が崩ずる。 12月1日:度宗の即位により翌年から「咸淳」へ踰年改元の詔が下る。 関連項目 元号一覧 (中国) 前の元号開慶 中国の元号南宋 次の元号咸淳 Related Articles