服部富子
日本の俳優、歌手 (1917-1981)
From Wikipedia, the free encyclopedia
来歴・人物
大阪市天王寺区谷町出身[2]。宝塚歌劇団に所属していたが、歌手に転向。1938年(昭和13年)テイチクレコードからデビュー[2]。
同年、「満州娘」が大ヒットする。この曲は、満州で生活をしていた作詞家・石松秋二が作詞した。他のヒット曲には、「晩香花の咲く頃」「北京娘」「父さん星」「興亜行進曲」「小鳥娘」「僕は特急の機関士で」などのヒット曲がある。女優としても活躍し、日活映画「鴛鴦歌合戦」、東宝映画「支那の夜」「孫悟空」などにも出演した。
戦後は、スナックを経営する。晩年は茨城県古河市で暮らした。昭和40年代には、テレビ東京系の歌謡番組「なつかしの歌声」にも出演し、往年の歌声を披露した。
1981年(昭和56年)5月17日、肝硬変で死去した。享年64。葬式の際の喪主は実兄である服部良一が務めた。築地本願寺和田堀廟所に兄と共に眠っている。
