朗州 From Wikipedia, the free encyclopedia 朗州(ろうしゅう)は、中国にかつて存在した州。隋代から北宋にかけて、現在の湖南省常徳市一帯に設置された。 魏晋南北朝時代 560年(天嘉元年)、南朝陳により荊州の天門郡・義陽郡・南平郡と郢州の武陵郡を分割して設置された武州を前身とする[1]。575年(太建7年)、武州は沅州と改称された[2]。 隋代 589年(開皇9年)、隋が南朝陳を滅ぼすと、沅州は嵩州と改称された。596年(開皇16年)、嵩州は朗州と改称された。607年(大業3年)に州が廃止されて郡が置かれると、朗州は武陵郡と改称され、下部に2県を管轄した[3]。隋代の行政区分に関しては下表を参照。 さらに見る 隋代の行政区画変遷, 区分 ... 隋代の行政区画変遷 区分開皇元年区分大業3年 州沅州郡武陵郡 郡武陵郡県武陵県 竜陽県 県臨沅県 沅南県 漢寿県 竜陽県 酉陽県 閉じる 唐代 621年(武徳4年)、唐が蕭銑を平定すると、武陵郡は朗州と改められた。742年(天宝元年)、朗州は武陵郡と改称された。758年(乾元元年)、武陵郡は朗州の称にもどされた。朗州は江南西道に属し、武陵・竜陽の2県を管轄した[4]。 宋代 1012年(大中祥符5年)、北宋により朗州は鼎州と改称された。1165年(乾道元年)、南宋により鼎州は常徳府に昇格した[5]。 脚注 [1]『陳書』世祖紀 [2]『陳書』宣帝紀 [3]『隋書』地理志下 [4]『旧唐書』地理志三 [5]『宋史』地理志四 Related Articles