朝食会
From Wikipedia, the free encyclopedia
概要
経緯
第1次近衛内閣成立後まもなく、内閣総理大臣秘書官の牛場友彦と岸道三が、識者の中から政治経済に明るい者を選別し、意見や情報を得るために夕食に招待して懇談を交わした。したがって、当初は夕食会であったといえる。はじめに招待されたのは、尾崎秀実、西園寺公一、佐々弘雄、平貞蔵、笠信太郎、蝋山政道、渡辺佐平であり、内閣書記官長の風見章が同席した。
尾崎秀実が内閣嘱託となると、牛場友彦と岸道三とが相談し、比較的時間の融通が利く朝8時ごろに開始することになった。1940年(昭和15年)はじめ頃から、牛場、尾崎、西園寺、蝋山の知り合いであった同盟編集局長の松本重治も参加し、その前後に犬養健も10回ほど、松方三郎は2回ほど参加した。尾崎秀実はアジア、ロシア、欧米の情報を提供することで近衛内閣の南進政策に大きな影響を与えた。
開催場所は、第1次近衛内閣時代に牛場友彦邸で数回、辞職後3ヶ月間は万平ホテルで2、3回、1939年(昭和14年)4月から1940年11月頃までは駿河台の西園寺公爵邸で数十回、その後は首相官邸で十数回開かれた[1]。