木下公福 From Wikipedia, the free encyclopedia 木下 㒶福(きのした きんとみ)は、江戸時代中期の備中国足守藩の世嗣。 本来の表記は「木下㒶福」です。この記事に付けられたページ名は技術的な制限または記事名の制約により不正確なものとなっています。 時代 江戸時代中期生誕 天和元年(1681年)死没 享保12年6月5日(1727年7月23日)藩 日出藩、備中足守藩世嗣概要 凡例木下㒶福, 時代 ... 凡例木下㒶福時代 江戸時代中期生誕 天和元年(1681年)死没 享保12年6月5日(1727年7月23日)藩 日出藩、備中足守藩世嗣氏族 木下氏父母 木下俊長、朽木稙綱娘兄弟 俊量、㒶福、俊保、木下㒶定正室、伊東長救正室、稲垣重富正室ら子 木下㒶定養女、片桐貞音正室テンプレートを表示閉じる 略歴 日出藩主・木下俊長の三男として誕生。母は朽木稙綱の娘。子は木下㒶定養女(木下利潔正室)、片桐貞音正室。 5代藩主・木下㒶定(正室は俊長の娘)の養子となっていた利安に代わり、足守藩嫡子となる。しかし、家督を継ぐことなく享保12年(1727年)に47歳で死去した。代わって、4代藩主・木下利貞の孫にあたる利潔が㒶福の娘を娶り、嫡子となった。 Related Articles