木柵区
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地理
歴史

元は台湾原住民の平埔族の霧里薛社が住む地域であった。清の乾隆年間に淡水海防庁淡水堡の霧里薛内湖庄に組み込まれ、嘉慶年間に淡水庁拳山堡となり、同治年間には淡水庁拳山堡の内湖庄、木柵庄、頭前渓庄、光緒5年以降には台北府淡水県拳山堡の内湖庄、頭前渓庄となった。
日本統治下では初期は文山堡の内湖庄、坡内坑庄に属し、後年には台北州文山郡深坑庄の内湖と坡内坑として、二つの大字が置かれた。
戦後、中華民国による統治では台北県深坑郷に編入され、1950年3月1日に深坑からの分離により木柵郷となり、1968年7月1日に院轄市(現在の直轄市)に昇格した台北市へ編入され、木柵区が成立した。
その後、1990年3月12日の台北市行政区再編時に景美区と合併して文山区となり、現在当地域は台北市文山区の木柵、万芳、二格山の各地域に属している。
