李之藻
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生涯・人物
浙江省杭州府仁和県の人。1598年に進士となり南京六部の工部に勤めた[5]。1604年、大運河の工事を監督したが、誹謗によって左遷されたのを機に帰郷した[5]。1612年、南京太僕寺少卿となった[4]。1621年から1623年の間、光禄寺少卿となり、後金軍への防備のため北京で西洋式大砲の製造に携わった[6]。
学者として多くのイエズス会士と交流し、とくにマテオ・リッチが1610年5月に没するまでの約10年間を共に過ごした[7]。1602年には、リッチが作成した『坤輿万国全図』を公刊して世に広めた[4]。リッチによれば、李之藻は宴会や棋戯に耽る軽薄な人間だったという[8]。しかし1610年初頭、北京で重病に倒れた際、リッチに看病されて深く感動し、同年洗礼を受けた[9][10]。なお、それまで洗礼を受けなかった一因に妾の存在があったが、これをどう解決したかは不明である[5]。
主な作品
- 『天学初函』
- 1628年(崇禎元年)刊。イエズス会関係の文献21作品を収めた叢書[7]。「理編」と「器編」の二部構成からなり、「理編」はキリスト教関係書のほか形而上学書、西洋の学問の概論や世界地誌を、「器編」は科学書を収める[3]。「理編」では、マテオ・リッチ『交友論』『重刻畸人十篇』『天主実義』『重刻二十五言』『辨學遺牘』、ジュリオ・アレーニ『西学凡』(附:『読景教碑書後』)、『職方外紀』、ディエゴ・デ・パントーハ『七克』、フランチェスコ・サンビアシ『霊言蠡勺』を収める。「器編」では、下記『同文算指』『渾蓋通憲図説』『圜容較義』、マテオ・リッチと徐光啓の『幾何原本』『測量法義』(附:『測量異同』)、徐光啓の『句股義』、サバティーノ・デ・ウルシス『表度説』『泰西水法』『簡平儀說』、マヌエル・ディアス・ジュニオル(陽瑪諾),周希令, 孔貞時, 王應熊の『天問略』を収める[11]。『四庫提要』所載。
- 『同文算指』
- クラヴィウスの算術書『実用算術概論』(羅: Epitome Arithmeticae Practicae) の内容を、マテオ・リッチが口授し李之藻が筆受したもの。徐光啓序。『四庫提要』所載。
- 『渾蓋通憲図説』
- クラヴィウスの天文学書『アストロラビウム』(羅: Astrorabium) などをもとに、おそらくマテオ・リッチが口授し李之藻が筆受したもの[12]。アストロラーベの製法と使用法が記されている[12]。『四庫提要』所載。
- 『乾坤体義』
- 上中下三巻。四庫全書にも収められる。クラヴィウスの『サクロボスコの天球論註解』の部分訳。マテオ・リッチ口述。巻上は『坤輿万国全図』の跋文とほぼ重なる。巻下は下記の『圜容較義』と同内容で、四庫全書版では削除され、『圜容較義』が独立の書物として収められる。
- 『圜容較義』
- 西洋の幾何学をマテオ・リッチが口授し李之藻が筆受したもの。『四庫提要』所載。
- 『名理探』
- コインブラ大学刊行のアリストテレス論理学諸書(オルガノン)の注解書を、フランシスコ・フルタドと共同で抄訳したもの[13]。
- 『寰有詮』
- コインブラ大学刊行のアリストテレス『天体論』の注解書を、フランシスコ・フルタドと共同で抄訳したもの[14]。『四庫提要』所載。
- 『経天該』
- 西洋の星座カタログの漢訳[15]。
- 『読景教碑書後』
- 1620年代に発掘された「大秦景教流行中国碑」について[16]。
- 『景教碑鈔本』
- 「大秦景教流行中国碑」の碑文の筆写。
- 『頖宮礼楽疏』
- 礼楽の書。『大明会典』を補うものとして書かれた[17]。『四庫提要』所載。
受容
『渾蓋通憲図説』は、燕行使により李氏朝鮮にも伝えられた[12]。
『頖宮礼楽疏』は、江戸時代の日本に輸入され、荻生徂徠らに読まれた[18]。
『天学初函』は、江戸時代初期・寛永年間に輸入されたが、禁書に認定された[19]。江戸時代後期・明和年間に誤って再輸入されると、書物改役の向井兼美(向井元升の末裔)が解題の『天学初函大意書』を著した[20]。また禁書ながら蓬左文庫に一部所蔵されている[21]。
関連文献
日本語
- 浅見雅一『概説 キリシタン史』慶應義塾大学出版会、2016年。ISBN 9784766423297。
- 安大玉『明末西洋科学東伝史: 『天学初函』器編の研究』知泉書館 、2007年。ISBN 978-4862850157(原著は東京大学博士論文、2006年[22])
- 安大玉「アストロラーブの東伝と朝鮮の簡平渾蓋日晷 18世紀朝鮮における西学受容の一つの成果とその限界」『前近代における東アジア三国の文化交流と表象―朝鮮通信使と燕行使を中心に―』第29号、国際日本文化研究センター、2011年。doi:10.15055/00002635。
- 岡本さえ『イエズス会と中国知識人 世界史リブレット』山川出版社、2008年。ISBN 9784634349476。
- 桑原隲蔵『大秦景教流行中國碑に就いて』:旧字旧仮名 - 青空文庫(『桑原隲藏全集』第一巻、1938年)
- 曽我昇平「クリストファー・クラヴィウス研究-イエズス会の『学事規定』と教科書の史的分析-」愛知学院大学博士論文、2014年。NAID 500001435880
- 趙建海「李之藻の科学思想と中西の数理天文学」東京大学博士論文、2004年。
- 新居洋子『イエズス会士と普遍の帝国 在華宣教師による文明の翻訳』名古屋大学出版会、2017年。ISBN 9784815808891。
- 橋本敬造「『崇禎暦書』の成立と「科学革命」」『関西大学社会学部紀要』第12号、1981年。 NAID 120007000093。
- 橋本敬造「李之藻・傅汎際同譯『寰有詮』序説」『関西大学東西学術研究所紀要』第38号、2005年。 NAID 110004709755。
- 深澤助雄「「名理探」の訳業について」『中国 : 社会と文化』第1巻、1986年。NDLJP:4424481/12
日本語以外
- 鄭誠 輯校《李之藻集》,中華書局,2018年,ISBN 9787101126808
- 方豪《李之藻研究》,臺灣商務印書館,1966年
- 龔纓晏、馬琼 (2008), “関于李之藻生平事迹的新史料”, 浙江大学学報(人文社会科学版), doi:10.3785/j.issn.1008-942X.2008.03.011
- 徐光台 "西学对科举的冲激与回响——以李之藻主持福建乡试为例",2013年
- Wardy, Robert (2000), Aristotle in China: Language, Categories and Translation, Cambridge University Press, ISBN 978-0521771184
- "Tianxue chuhan 天學初函", ChinaKnowledge.de -An Encyclopaedia on Chinese History and Literature, 2025年12月23日閲覧