杜微

From Wikipedia, the free encyclopedia

杜 微(と び、生没年不詳)は、中国後漢末期から三国時代の文人。国輔益州梓潼郡涪県(現在の四川省綿陽市)の人。

出生 生年不詳
益州梓潼郡涪県
死去 没年不詳
拼音 Dù Wēi
国輔
概要 杜微, 蜀漢 諫議大夫 ...
杜微
蜀漢
諫議大夫
出生 生年不詳
益州梓潼郡涪県
死去 没年不詳
拼音 Dù Wēi
国輔
主君 劉璋劉禅
テンプレートを表示
閉じる

事績

若い頃、任安に師事し学問を修めた。劉璋に召し出され従事となったが、病気のため官を去った。劉備が益州を平定しても聾(聴覚障害者)と称し、門を閉ざして表に出なかった。

建興2年(224年)、諸葛亮は益州牧を兼任すると、かねてより徳望高い士人を属官に選び、杜微を主簿に任じた。杜微が出仕を断ると車によって召し出され、諸葛亮と会見した。

諸葛亮は聾者である杜微のために文書でもって、王謀王連楊洪らの敬意を集めていることを述べ、の復興との打倒のための力添えを求めたが、杜微はあくまで老齢で病気の身だからとそれを固辞した。諸葛亮も登用を諦め、諫議大夫の官を授けるに留めた。

参考書籍

Related Articles

Wikiwand AI