来村
日本の愛媛県北宇和郡にあった村
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地理
歴史
中世以前
- 鎌倉時代には当村とその周囲一帯は橘氏の支配下にあった。
- 戦国時代になると橘氏に替わって宇和西園寺氏の流れを組む一族の支配下となった。
藩政期
- 宇和島藩に属す。
明治以降
- 1889年(明治22年)12月15日 - 町村制施行時に、川内(かわち)、寄松(よりまつ)、宮下(みやした)、保田(やすだ)、祝森(いわいのもり)の5箇村が合併し、北宇和郡来村が成立。
- 1957年(昭和32年)1月1日 - 宇和島市に編入合併し、来村は自治体としては消滅。
来村の系譜
(町村制実施以前の村)(明治期) (昭和の合併) (平成の合併)
町村制施行時
川内━━━━━━━┓ 宇和島市に編入
寄松━━━━━━━┫ (昭和32年1月1日)
宮下━━━━━━━╋来村━━━━━━━━━━━━━━━━━┓
保田━━━━━━━┫ ┃
祝森━━━━━━━┛ ┃
う え ┃ か
宇和島町━━━┳━┳宇和島市━┳━┳━┻━━━━━┳━━━━┓
丸穂村━━━━┛あ┃い ┃ ┃ ┃ ┃
八幡村━━━━━━┛ ┃ ┃ ┃ ┃
九島村━━━━━━━━━━━━┛ ┃ ┃ ┃
高光村━━━━━━━━━━━━━━┫ ┃ ┃
三浦村━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃ ┃
下波村━━━━━━━━━━━━━━━━━┓ ┃ ┃
蒋淵村━━━━━━━━━━━━━━━━━┫お ┃ ┃
遊子村━━━━━━━━━━━━━━━━━╋宇和海村┛ ┃
戸島村━━━━━━━━━━━━━━━━━┫ ┃新設
日振島村━━━━━━━━━━━━━━━━┛ ┃合併
┃平成17年8月1日
┣宇和島市(新)
吉田町━━━━━━━━━━━━━━━━┫
三間町━━━━━━━━━━━━━━━━┫
津島町━━━━━━━━━━━━━━━━┛
あ - 大正6年5月1日丸穂村編入、い - 大正10年8月1日市制施行・八幡村編入、う - 昭和9年9月1日九島村編入、
え - 昭和30年3月31日三浦村・高光村編入、お - 昭和33年4月1日新設合併により宇和海村成立
か - 昭和49年4月1日宇和海村を編入
(注記)「宇和島町」以下の合併以前の系譜はそれぞれの町村の記事を参照のこと。
地域
旧5箇村が大字となった。大字寄松に村役場をおき、駐在所、郵便局も当地に置かれるなど、中心であった。 宇和島市に編入後は、各大字がそのまま同市の「町」になった。昭和30年代後半以降、国道の改良も進んだ結果、沿線を中心に急速に市街化していった。
昭和30年に1187世帯、人口5571人。
村長
- 薬師神岩太郎(1931年5月 - 1934年5月)
産業
交通
県道(後の国道56号)が来村川に沿って南北に走っている。
名所
- 薬師谷渓谷
- 薬師如来像