杭全神社
大阪市平野区の神社
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歴史
近代以前
貞観4年(862年)、征夷大将軍坂上田村麻呂の孫にあたる坂上当道が牛頭天王(素盞嗚尊)を勧請し、現在の第一本殿である祇園社を創建したのが当社の始まりと伝えられている。当地の荘園(杭全荘)はもと田村麻呂の子坂上広野麻呂が朝廷より賜ったものであり、「平野」の地名は「広野」に由来するとされる。勧請の経緯については、享保3年(1718年)成立の絵巻『平野郷社縁起』によれば、素盞嗚尊が当道に直接神託を下し、「今より後この郷にあがめ祭りなば国家安穏人民豊楽を守らん」と告げたためであるという。
建久元年(1190年)には、全国的な熊野信仰の高まりを受けて熊野證誠権現(伊弉諾尊)が勧請され、現在の第三本殿が建立された。『平野郷社縁起』によれば、修験者が役の小角の彫刻したという證誠権現像を携えて来社し、当社の牛頭天王と並べて祀れば平野が長く栄えると訴えたが、社僧がこれを退けたところ、その夜に松から光が放たれるという奇瑞が起こった。これを霊験として郷の有力者たちが協議し、日を置かずして社壇を新たに建て、この尊像を「證誠殿」として奉祀したと伝えられている。なお、修験者が尊像を収めた笈を掛けたとされる松は「笈掛松(おいかけまつ)」として、現在も境内に伝えられている。
元亨元年(1321年)には、後醍醐天皇から「熊野三所権現」の詔勅宸翰による社額を賜り、祇園社を中心としていた当社を熊野権現の総社に改めた。この際、現在の第二本殿となる熊野三所権現(伊弉册尊・速玉男尊・事解男尊)が建立されるとともに、荒廃していた諸殿諸堂が一斉に修復された。三つの本殿がすべて出揃ったのはこの時であり、以後平野熊野三所権現と称されるようになった。
永正10年(1513年)12月26日、現在の第二本殿(三間社流造・檜皮葺き)および第三本殿(一間社春日造・檜皮葺き、証誠殿)が同日に建立された。これらは大阪市内に現存する最古の木造建築物であり、後に国の重要文化財に指定されている。同年には若一王子社・八王子社も建立された。
慶長19年(1614年)の大坂冬の陣では杭全神社も兵火の被害を受け、室町時代に建てられた初代の連歌所が焼失した。本殿の一部も損傷を受けたとされ、江戸時代初期に時の代官が氏子からの勧進を受けて修復した。宝永5年(1708年)には連歌所が再建され、現存する建物はこれによるものである。翌正徳元年(1711年)には、元禄3年(1690年)に建立された春日大社第三殿が移築されて現在の第一本殿(一間社春日造・檜皮葺き)となった。
自治都市への関与
中世を通じて杭全荘は平等院領に属していたが、荘園住民を経営者として任命した田所職の制度は経営が不安定となって職の転売が相次ぎ、最終的に大徳寺如意庵が田所職を得て荘内の土地を買い取り、影響力を増大させた。これに抗するために杭全神社の宮座を核とする惣が結成され、宮座における共同祭祀が住民の組織的連帯を生む場として機能した。こうして平等院・如意庵の権勢を実質的に衰退させることに成功したという。
惣の自治を主導したのは、平野七名家と称する、坂上氏の庶流を称する有力な七家であった。七名家は杭全神社の宮座奉仕を独占し、惣年寄や町年寄の地位を担うことで氏神祭礼を通じた共同体の結束を維持した。合議制を基本とするこの統治体制のもと、平野は戦国時代に堺と並ぶ自治都市として知られるようになり、七名家を中心とした自治は江戸時代以降も保証され、幕末まで継続した。
近代以降
明治時代に入ると神仏分離令により仏教関係のものは概ね長宝寺に移された。明治3年(1870年)、熊野権現社の総社とされていた体制を改め、本来の祇園社を本社、熊野三所権現を雑社熊野神社、證誠殿を摂社、田村堂を別社として、社名を平野熊野三所権現から杭全神社と改めた。
明治5年(1872年)に郷社に列せられ、明治39年(1906年)には指定神社、翌明治40年(1907年)には神饌幣帛料供進社に指定され、昭和5年(1930年)に府社へ昇格した。
連歌会は明治以降廃れていたが、昭和62年(1987年)に再び始まり、現在は毎月定期的に平野法楽連歌会が催されている。先述の通り、宝永5年(1708年)に再建された現存の連歌所は日本で唯一現存する連歌所であり、大阪市指定有形文化財に指定されている。平成11年(1999年)からはインターネット連歌の取組みを開始した。
祭神
境内
- 第一本殿(重要文化財) - 元禄3年(1690年)建立の春日大社第三殿を正徳元年(1711年)に移築したもの。一間社春日造、檜皮葺き。
- 第二本殿(重要文化財) - 永正10年(1513年)12月26日建立。三間社流造、檜皮葺き。
- 第三本殿(証誠殿、重要文化財) - 永正10年(1513年)12月26日建立。一間社春日造、檜皮葺き。
- 若一王子社 - 祭神:若歳神。永正10年(1513年)建立。
- 八王子社 - 祭神:正哉吾勝勝速日天之忍穂耳命、天穂日命、天津彦根命、活津彦根命、熊野久須比命、多岐理比売命、多岐津比売命、狭依比売命。永正10年(1513年)建立。
- 天満宮 - 祭神:菅原道真命
- 皇大神宮 - 祭神:天照皇大神
- 中門 - 廻廊に門が3つ連なっている。
- 廻廊
- 拝殿 - 安政5年(1858年)再建。
- 鎮守社 - 祭神:粟柄神
- 連歌所(大阪市指定有形文化財) - 宝永5年(1708年)再建。日本で唯一現存している連歌所。毎月定期的に平野法楽連歌会が催されている。
- 社務所
- 吉岡稲荷社 - 祭神:宇賀御魂神
- 源光社
- 十柱社 - 祭神:戎社(事代主命)、大国社(大己貴命)、多賀社(伊弉諾尊)、中井社(素盞嗚尊)、住吉社(中筒男命)、八幡宮(誉田別命)、松尾社(大山咋命)、金比羅宮(金山彦命)、愛宕社(火産霊神)、加茂社(別雷命)
- 田村社(祖霊社) - 祭神:坂上田村麿、広野麿および坂上家の祖霊、平野郷七名家祖霊、平野郷町の功労者、日清日露両戦争から第二次世界大戦に至る戦没者の霊。元は慶安2年(1649年)建立の神宮寺大師堂(弘法大師を祀る)だが、神仏分離により長宝寺の田村堂に祀られていた田村麻呂像を移して田村堂にし、弘法大師像は長宝寺に移された。
- 恵比須社 - 祭神:事代主命
- 宝蔵
- 絵馬堂
- 垂乳根いちょう - 「おちち」の神様。大阪市指定保存樹。樹齢700年。
- 大門
- 瑞鳳殿
- 遥拝所
- くすのき社 - 巨楠は樹齢千年で、大阪府指定天然記念物。
- 境外
- 弁天池
- 宇賀社 - 祭神:市杵島姫命。弁天池に鎮座。
- 天満宮拝所 - 本殿の横にある天満宮を拝むための拝所。弁天池の横にある。
飛地境外摂社
文化財
祭事
- 1月
- 歳旦祭(さいたんさい、1日)
- 注連縄上げ(しめなわあげ、3日)
- 宇賀祭(8日)
- 美保祭(9 - 11日) - えびす祭とも
- 成人祭・とんど(せいじんさい、15日)
- 2月
- 節分祭・星祭(3日)
- 建国記念祭(けんこくきねんさい、11日)
- 3月
- 献花祭(けんかさい、3日)
- 稲荷社初牛祭(旧初牛の日)
- 卒業祭(15日)
- 祖霊祭(20日春分の日)
- 4月
- 入学祭(1日)
- 御田植神事(13日)
- 赤留比賣命神社例祭(16日)
- 5月
- 末社祭(21日)
- 田村祭(23日)
- 6月
- 大祓式(30日)
- 7月
- 夏祭無事遂行祈願祭(1日)
- 夏祭(11 - 14日) - 平野だんじり祭
- 赤留比賣命神社夏祭(31 - 8月1日)
- 9月
- 祖霊祭(23日秋分の日)
- 10月
- 例祭(17日)
- 鎮守の森フェスティバル(例祭直近の日曜日) - 秋祭
- 11月
- 鎮火祭(ちんかさい、15日)
- 12月
- 大祓式・除夜祭(31日)


