松前由広 From Wikipedia, the free encyclopedia 松前 由広(まつまえ よしひろ)は、江戸時代初期の武士。 時代 江戸時代初期生誕 文禄3年(1594年)死没 慶長19年12月26日(1615年2月13日)改名 綱丸(幼名)→種広(初名)→由広概要 凡例松前由広, 時代 ... 凡例松前由広時代 江戸時代初期生誕 文禄3年(1594年)死没 慶長19年12月26日(1615年2月13日)改名 綱丸(幼名)→種広(初名)→由広別名 数馬藩 松前藩氏族 松前氏父母 父:松前慶広、母:不詳養父:松前盛広兄弟 盛広、喜庭直信室、忠広、利広、由広、次広、景広、安広、満広、下国広季室テンプレートを表示閉じる 略歴 文禄3年(1594年)、松前慶広の四男として誕生。幼名は数馬。長兄・盛広になかなか嗣子が生まれなかったため、兄の養子に迎えられた。しかし兄に嗣子として公広が生まれると、養子関係を白紙に戻されている。 このような経緯から、父や兄とは仲が悪かったらしく、また甥の公広とも常に反目していたといわれる。慶長19年(1614年)に大坂冬の陣が始まると、父・慶広から豊臣氏に内通したとの嫌疑をかけられ、討伐の命を受けた工藤祐種により12月26日に殺害された。享年21。 Related Articles