松広寺
大韓民国・順天市にある仏教寺院
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歴史
曹渓宗(大韓仏教曹渓宗)は、新羅時代末期に慧麟が吉祥寺を創建したときをもって、松広寺の創建としている。吉祥寺は華厳宗の寺院だった。1200年、曹渓宗の創始者である知訥が浄慧結社(「結社」というのは高麗中期に活発だった仏教浄化組職)の拠点を吉祥寺に移し、吉祥寺を修禅寺に改名した。寺名は1208年(熙宗4年)にさらに改名され、現在の松広寺になった。
李氏朝鮮の太宗による1407年(太宗7年)の仏教弾圧の際、存続を許された88寺院の中に松広寺の名前はなく、廃寺になったようである。 世宗による1424年(世宗6年)の仏教弾圧の際、存続を許された36寺院の中にも名前はなく、引き続き廃寺のままだったようである(朝鮮の仏教#李氏朝鮮時代の仏教弾圧)。
1842年(憲宗8年)の大火事、1948年の麗水・順天事件、1951年の共匪蛮行等でほとんどの建造物が繰り返し消失し、現在までに8回再建された。ソウルオリンピックをひかえた1984年から1988年にかけて、大規模再建事業によって33の建造物が建てられ、現在の形になった。
日本統治時代の1911年、寺刹令施行規則(7月8日付)によって、朝鮮三十本山に指定された(1924年以降は朝鮮三十一本山)。
- 松広寺の大雄殿。1920年頃
- 松広寺全景
文化財
- 木彫三尊仏龕(国宝第42号)
- 『高麗高宗制書』(国宝第43号)
- 国師殿(国宝第56号)
外部リンク
- 公式サイト(ハングル)
- 松広寺(ソングァンサ) - 韓国観光公社
- 韓国順天 曹渓山松広寺 - 韓国の名刹